第4期 #6

よく晴れた青い日

 私は泣いた事がない。
 どんなに罵声を浴びせられてもキュッと唇をかみ締め、どんなに怖い思いをしても涙が出る事はなかった。もちろん失恋なんてもってのほか
 涙を流す事ほどみじめで悲しい事はない。誰にも負けたくなかった。
 知らず知らずのうちに私はそう生きていた。今更この生き方を変えることはできない。これが私。
「ごめんね。よく考えたけど君とは付き合えない」
 キスまでしたのに…
「それは君が強引に迫るからだろ、本当はお前なんかと一緒にいるのは嫌だったんだよ」
 遊びだったの…
「遊ぶ価値もないよお前なんか」
 酷い…酷いよ…
 そしてあなたは私の前から何事もなかったかのように立ち去って行った。まるで、初めから存在していなかったかのように
 何時の間にか私の目からは水が溢れ出ていた。
 悲しいの?泣いてるの、私…
 冷たいものが頬を伝い流れ落ちてくる。無意識に手を目に当てて拭おうとしていた。だけど、涙は後から後から止まる事なく溢れてくる。今までの分の涙が今流れているのかもしれない。
 そう思うと何故かおかしくなってきた。
 私ハ今マデ人ヲ愛シタ事ガ無カッタノ…
 あんな最低な自分勝手な男の事をこんなにも愛してしまっていたの?本気の恋?…バカみたい。恋に本気になるほどみじめな事はない。今までの私は一体なんだったの?ただの抜け殻、蝶が脱ぎ捨てていったさなぎみたいじゃない。
 目からは止まる事無く涙が落ちていく。体の中の水がすべて無くなる、というぐらい次から次へと…止まることなく次から次へと…
 もう手はびしょ濡れになっていて、お気に入りのセーターの袖をも濡らしている。
 おかしくて、おかしくて、泣きながら笑っていた。
 ふと手を見たら何故か手がドロドロになっている。
 ボタッという音と同時に白いもの私の目の中から零れ落ちた。そして、腕、足、体と順番にドロドロの肌色の水へと変わっていっている。
 肉体を失っていく事に悲しみなど一欠けらも無かった。ただ、流れていく涙だけが「悲しい」と叫んでいるようだ。
 ただ一つ残っていた顔の皮膚もだんだんと溶けていってしまいポッカリ空いてしまった私の目からは…青い空しか見えなくて、私は声も上げずただ黙って泣いていた。もう涙は拭えない。
 このまま青い空の中の水溜まりになってしまうのもいいかもしれない。汚いアスファルトの上に落ちた水。
 私はもう失ってしまった両手を真っ直ぐ上へと伸ばした。


Copyright © 2002 弧葉 春雪 / 編集: 短編