第4期 #17

循環運行バス

 車内に充満する独特の臭気で目を覚ますと、そこは先程と同じタクシーの中だった。隣に変らず坐っている女の表情は革の仮面に被われ相変わらず窺い知る事は出来ない。その仮面は全く変った仮面だった。意匠を凝らしたそれは何か動物の顔のようであるのだがそれが何かは判然としない。見詰めれば見詰める程輪郭がぼやけていく。しかし、コートの下に隠された白く熟した肉体の事はよく解かっていた。吸い付く肌の心地を掌が思い出し私の手が疼いたが、その時を見計らったかのように車が停車し運転手が告げた。
「お客さん着きましたよ」

 私たちがバス亭に降り立つと、操車場の酷く冷えた夜の空気を掻き乱すようにタクシーは去っていた。薄らボンヤリとした明りの下で、女は時刻表にそっと指を這わした。ゆっくりと繰り返されるその行為は如何にも美しかった。  
 暗い操車場に明りが差しバスがやって来て、私達は逃げ込むようにその中に足を踏み入れた。
 中は酷く空いていて私達の他には半ズボンを穿いた少年が一人ぽつんと乗っているだけだった。私達が一番後ろの席に坐るとバスは疎らな明りをつけた街の中を運行して行く。
私は窓にもたれ掛けさせるように女を坐らせるとコートの前を開けた。黒いコートから白い乳房が顔を覗かす。その乳房をそっと包み込みゆっくりと小さな円を描くように触れる。女の身体はその快楽に微かに震え始めるのだが、黒い仮面に被われた表情は相変わらず知る事が出来ない。もう一方の手はゆるゆると女の身体を下っていき、草叢を掻き分けると陰部に達すると、包皮に包まれた敏感な場所を中指で擦りつける。女の身体は確かにピクンと震えた。
 その刹那だった。女は動物じみた唸り声をあげ私の身体を跳ね除けると通路に飛び出し、乗客の少年を通路に無理やり引きずり出した。そして、少年の足元に跪くとさっと少年の半ズボンをずり下げ、仮面の僅かな隙間から長い舌をゆっくりと伸ばすと、表された小さなペニスを咥え込んだ。精通を終えているかも解からぬ少年に対するその行為は至極淫らなものだった。少年は顔を歪ませ僅かの後、身体を震わすと床に坐りこんだ。女はその少年を無理やり立たせ、タイミングを併せる様に止まり開けられたバスの扉からさっと降りると外のバス亭に止まっていたタクシーに乗り込み夜の暗闇に溶け込んでいった。残された私はいつの間にかいなくなってしまった運転手に代わりバスを出発させた。



Copyright © 2002 曠野反次郎 / 編集: 短編