第4期 #16
何をどう間違ったのか、丘の頂点に十字架が見えた。
空き缶。ペットボトル。扉が開いたままの鳥篭。真新しい着せ替え人形。丘はそのような、際限無く積み上がっていくゴミで出来ていた。
その丘の頂点に、十字架が見えた。
地面に突き刺さっている鉄パイプに、骨だけの傘がひっかかっている。それらの危ういバランスが、十字架を成していた。
11月の日没は早い。太陽は落ちていく。その姿を十字架が西の空で捉えるまで、あと少しだった。しかし十字架は形をその時間まで保ちはしない。偶然が十字架を産む位の事はこの丘でもあった。それでも十字架の上に積み重なっていくゴミは、終わることを知らない。
丘の中腹辺りに、一人の男が居た。派手な服装。サングラス。それらを裏切るような優しげな口元。その唇の端から一筋の血が流れていた。見れば血は唇からだけでは無かった。胸に大小様々な赤い染みがあった。
男は自分が通ってきた道を眺めていた。出血で目が霞むのか、何回か瞬きをした。瞬きの後、男はその道に少女が立っているのを見つけた。
「おじさんどこから来たの」
少女は男に尋ねた。
「遠くだよ」
男は答えた。
「遠くから逃げてきたんだ」
「ふうん」
少女は答え、そして男の隣りに腰掛けた。
見れば少女も頬を腫らし、ひどい格好だった。
「ここには良く来るのかい」
「うん」
二人はあまり喋らなかった。
丘を掘り返すショベルカーの音が遠く響いていた。
「ねえ」
男は不意に言った。
「ままごとをしようか」
「ままごと?」
「そう」
男は少女の肩に手を載せた。
「親子に、なるんだ」
「親子」
少女は恥ずかしそうに尋ねた。
「お父さんに、なってくれるの?」
「ああ。そうだよ」
男は、
「娘よ」
と言った。
少女はそれを聞くと恥ずかしそうに目を伏せた。そして、
「お父さん」
と答えた。
二人は暫く見つめ合った。
男も少女も、幸せだった。
だが二人ともままごとの経験が無かったから、幸せだったことが無かったから、その続きの仕方が解らなかった。
少女は仕方無く、いつも養父にさせられているように、男の股間に手を伸ばした。
男はそれを止めようとした。
血がぬるぬると、男の手を滑らせた。
太陽が沈むそのずっと前に十字架は壊れた。
少女は男を受け入れ、そして離れた。
十字架だった鉄パイプと傘は壊れ、しかしそれでも離れきれず、歪んだ円の形に繋がった。
そのまま一つになって埋もれていく。