第4期 #13
仙台駅の中には、常に何羽か何十羽か、住みついた鳩が居るらしい。
広いフォームを覆う屋根や、歩廊の裏側などがちょうど良い塒になる他に、時には餌がもらえることもある。
ある秋晴れの午後、まだ夕方の混雑も始まらない頃で、フォームは人まばらであった。二、三歳とみえる幼女が、母親に連れられて列車を待っていた。スナック菓子か何かの袋を抱えて、たどたどしい動作で袋からつかみ出しては鳩に放っている。
幼女の足許で、首を伸ばして、しきりにそれを啄んでいる鳩は、珍しく一羽きりである。
野生の生き物は、餓えているのが普通の状態である。思いもかけず餌を独り占めしているあの鳩の意識は、きっと狂喜乱舞という状態にちがいない。
私は線路一本隔てたフォームに止まっている列車の中から、見るともなくこの光景を眺めていたのだが、次の瞬間、
(あっ)
と心の中で声をあげた。
菓子の欠片が落ちるやいなや、幼女の足が上がり、その上に置かれた。誤って踏んだというものではなく、明らかに、故意であった。幼女は自分の小さな靴に目を落としながら、二度三度と、小さな丸っこい脚を上下させた。
鳩はどうするであろうか。私はかれが、この辱めをきっぱりと拒否すればよいと思った。決然として知らん顔をして見せ、そのままどこかへ飛んで行ってしまえ。そうして、この暴君に自分の行為の無礼と残酷を思い知らせてやれ。
しかし畜類の悲しさには、幼女がすこし動くと、かれは何事もなかったように、その踏みつけられた餌を啄み出したのである。
幼女はこの「遊び」が面白くなったらしく、菓子を落としては踏むのを、執拗に繰り返した。母親は気がつかないのか気づいて放っているのか、乳母車に乗せた弟らしい赤ん坊をあやしながら何か食わしている。おおかた鳩が与えられているのと同じ菓子であろう。
やがて幼女は、菓子を与えるのをやめて、鳩をよちよちと追いかけ始めた。さすがに鳩も餌を諦め、しかし飛び立ちはせず、すたこら走って逃げまわった。
追いつめられた鳩が、フォームの端からパッと羽搏く。弾みで幼女は転落し、そこへ轟と列車が入ってくる。……
大騒ぎとなったフォームを、かれは相変わらずつぶらな瞳で、屋根の庇から見下ろしているだろう。踏みつけられた餌を食わされた屈辱も、その復讐とも、何とも意識せずに。
すでに駅を出た列車の中でそんな情景を描きながら、私は何か爽快なものを感じていた。