第4期 #10

炎の中に消ゆ

「無茶だ!」
 私は叫んだが、あいつは聞く耳を持たなかった。
「妻を助けに行く」
 そう言うと、私に赤子を託し、炎の中へ消えた。
「娘を頼む」
 それが、最後の言葉だった。

 十数年が経った。あの火事は、放火だと言う噂だった。
 あいつは戻って来なかった。私はあの時託された子、フレアを育てた。
 両親の敵を討たせるために、私はフレアに剣を教えている。
 そう。私は二人を焼き殺した男を知っていた。
「おじさま!」
 フレアが駆け寄ってくる。それも、今日で最後だ。一人前の剣士となったフレアに、教える事はもう無い。
 ただ、一つを除いては。
「今日も、元気だな」
「ええ、おじさまも」
 フレアの笑顔は、私には喜びでもあり、悲しみでもあった。
「昨日の続きだ。打って来なさい」
 私は剣を抜いた。

「次は、突きだ」
 構え直すと、フレアは剣を突き出した。
「体重を利用しろ。自分自身で突け」
 フレアは頷くと、体ごと剣を突き出した。それは、体重の乗った、良い突きだった。
 鈍い音が響く。
「おじさま?」
 フレアが震える声を出す。
「一人前になったら、仇を教えると言ったな?」
 フレアが無言で頷く。
「私はお前の母親を愛していた。だが、彼女は私の友を選んだ。悔しかったが、嬉しかった。二人とも、大切な人だったから」
 力なく、フレアが剣を離す。その手は、私の血で赤く染まっていた。
「だが、お前を生んだ彼女を見て、嫉妬の炎が燃え上がった。そして、あいつの留守に火を放った」
 フレアは黙って、私を見ていた。
「炎に包まれる家を見て、私は我に帰った。その時、あいつが帰ってきた。あいつは炎の中へと飛び込み、お前を抱えて戻ってきた。そして、彼女を助けに行き、帰って来なかった」
 私は血を吐いた。もう、時間は無いらしい。
「お前が少しでも許してくれるなら、亡骸は燃やしてくれ」
 伝えたい事は、全て、告げた。私は地面に崩れ落ちた。

 薪を重ね、その上におじさまの亡骸を乗せると、私は火を点けた。
 私は気づいていた。何度も、寝言で私の両親に謝っているのを聞いていたから。
 両親の記憶が無い私には、仇などどうでも良かった。
 ただ、おじさまを恨む事なら一つだけある。それは、また、私から親を奪った事だ。
 炎に包まれるおじさまの姿を見ながら、私は涙を流した。涙でぼやける炎の中に、覚えているはずの無い両親の姿が見えた様な気がした。
 二人がおじさまを許してくれる事を、私は祈った。



Copyright © 2002 神崎 隼 / 編集: 短編