第39期 #8

頭上、注意

 いい加減にしろと怒鳴って頭のてっぺんをこつんとやった。自由にさせてきた割には素直に育ったと思う我が娘が、思いのほか強く反発してきたので驚いたせいもある。週末のお出かけが流れたのは初めてではないのに、今夜はやけにしつこかった。ここでがつんといかねば、十を過ぎたらもっと難しくなるだろうと、久しぶりに父の権威を発揮した。学校に上がってからは拳骨などしたこともなく、娘も驚きと寂しさの混じった涙目で私を見上げ、無言で部屋に戻っていった。
 その翌朝のことだった。お父さんこぶができたと半泣きで突進してきた娘の頭を、そんなばかなと触ってみると、何と、鶉の卵くらいの白い突起がちょこんと生えている。
 痛みもないのですぐ直るだろうと高を括って、今日は寝てなさいと言い残し、休日の職場へ一人向かった。帰ってみると玄関で、妻と娘が涙顔。こぶは二倍に伸びていた。
 近所の病院をまわったが、どの医者も頭をひねるばかり。あたしが悪い子だから鬼になっちゃうのね、お父さんゴメンナサイと診察室で泣く娘に、薬にしても効きすぎだと大変後悔した。
 学校を休ませ様子を見ること一週間、こぶは順調に伸び続けた。先端が蕾のように膨らんだ翌朝、その全貌がやっとわかった。
 道路標識だった。
 二十センチばかりの白い棒に、黄色い四角なプレートが打たれ、その真ん中に大きく一つ黒々と「!」。意味するところは「その他の危険」だ。
 娘は涙も枯れんばかりに泣いた。こんな謎の危険人物みたいなのは嫌、まだ角の方が格好良かった、と。どうにも慰めようがない。
 無力なままに迎えた月曜日。何やら達観したような表情で「学校へ行く」という娘に任せ、黙って送り出したが気が気ではなく、会社を休んで娘の帰りを待った。
 すると意外や、「ただいま!」と元気な声で帰ってきた。
「みんな前より私のお話聞いてくれるようになったよ」
 自由に育ててきたせいか、娘は人と意見が違っても隠すということをしない。クラスでも少し浮いていたのだが、標識を見て先生も級友も娘の意見に注意を払うようになったらしい。
 話を聞いてもらえれば、自然と娘も話を聞く。娘は標識の立つ前よりずっと楽しそうに学校に通うようになった。
「ためたお小遣いで、お父さんにミッキーのハンカチ買ってあげたかったの。次のお休みに連れてってね」
 目頭をこっそり押さえて撫でた愛娘の小さな頭の上で、黄色い標識がぴょこんと揺れた。



Copyright © 2005 とむOK / 編集: 短編