第39期 #4

幻のデート

 妹のエリカは顔をしかめて言う。
「あの女はだめだよ」
 満夫が付き合っている恋人は、満夫より年上で、雪のように白い肌と腰まで届く長い黒髪をした物静かな女性だった。満夫は十八歳、今は車の免許を取ることに熱中していた。
「私、わかる。あの女は普通じゃない」
 二人の出会いは偶然で、突然の驟雨に軒先で雨宿りしていると、彼女が親切にも家の中に招いてくれたのだった。満夫は彼女の美しさに一瞬にして胸を射抜かれてしまった。彼女の家は町外れの雑木林の近くにぽつんと立つ一軒家だった。満夫は足繁く彼女の家に通うようになり、彼女のほうも少しも嫌がらず彼を家に上げてやった。
 満夫は自分の家に彼女を招待し、父母に紹介した。満夫の両親は、清楚で礼儀正しい女性の様子を見て安心した。彼女は一人暮らしで身よりもないが、それなりに財産があって、静かに暮らしているとのことだった。なにしろ二人のひたむきに愛し合っている様子を見ると、そう遠くないうちに結婚することになるだろうし、両親ともそのことに異存はなかった。
 だが、妹のエリカだけが、反対だった。
「私、あの女の家に行ってみたんだ。誰もいなかった」
「彼女は一人暮らしなんだよ」
「そうじゃない、あの家には誰も住んでないんだ」
「わからないな」
「彼女は、人間じゃない。悪霊だよ」
「アクリョウ?」
「あの廃屋に取り付いている、幽霊」
 満夫は妹の話を一笑に付した。やがて無事に車の免許を取り、恋人を海へのドライブに誘った。エリカが、また反対した。
「お兄ちゃん、行かないで、お願い」
「大丈夫だよ、エリカ。おまえのことをとても大事に思ってる。決しておまえを忘れたりしない」
 悲報はその日のうちに満夫の両親に伝えられた。満夫の車が猛スピードで岸壁を飛び出し海に転落してしまったのだ。引き上げられた車からは、満夫の遺体だけが発見された。同乗していたと思われる女性は海に投げ出されたらしい、と警察は判断した。
 悲しみにくれる両親は、満夫の遺品を整理した。満夫の日記には、恋人との幸せな日々が綴られていた。ただひとつ、わからなかったのは、日記中の、「妹のエリカが交際に反対している」というくだりだった。満夫は一人息子だった。なるほど、満夫の母は、満夫を出産した後に再び妊娠して、検査してもらって、女の子であることがわかって、エリカという名前までつけたことがあったが、残念ながら、エリカは死産だったのである。



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