第39期 #15
15分だけ。私たちが恋人でいられる最大の時間だ。それが私と彼の約束。
彼と付き合い始めたのは十五夜の満月の下で前彼と別れた腹いせが発端だ。今の彼に逃げ込んだというのが正しいだろう。
彼は泣いてた私に、今だけだよ、と言って肩を貸してくれた。そのときに私が言った台詞が「15分だけ」。
以来、つらくなると彼に電話をしたり食事に誘ったり。その中で甘えていいのは15分だけ。これが私からの合図になり、そして制限になった。
彼からこの言葉を言われたことは一度もない。でも、これを言わないと彼が受け入れてくれない気がするのだ。気のせいかもしれない。飛び込んでしまえばいいのかもしれない。でも、たとえ電話の向こうでも何か違う。呼吸のリズムを私に合わせて貰えないような。もたれかかるときに、かすかに肩の高さを下げて貰えないような。そんなちょっとした違和感。でもこの違和感は私にとって乗り越えられない壁なのだ。
だから。いつまでも私は15分だけの彼女だ。
今日も私は電話をした。上司にこっぴどくやられたせいで私は限界まできていた。やってらんない。何とかしてよ。甘えさせてよ。
15分だけ。
急いで愚痴る。泣く。喚く。少しだけ気が晴れる。眠れそうな気がしてくる。あ、残り3分間。何話そうか。
部屋を見回すとカップラーメンが目に入った。何を思ったのか、私はカップラーメン、と呟いた。すると彼は、今まで聞いたことのないような溜息をついた。
「俺、カップラーメンかよ」
突然の苛立った呟きに私は戸惑った。彼は再び溜息をつく。
「15分のカップラーメン、そんなに美味いかよ」
言葉が出ない。携帯を閉じようと思う。でも指は全く動かなかった。彼は言葉を続ける。
「15分だけしか必要ないんだもんな」
そんなことない。私が15分間だけにしたのは私のためなんかじゃなくあなたの。
言おうと思ったけど、咄嗟に思い直した。私は怖がっていただけではないのか。でもそれは、私がむしろ彼を受け入れていなかっただけで。
時計を見上げた。電話を始めて30分をとうに超えている。彼も気づいたらしく慌てた声で、切るぞ、今日はごめんな、と言った。でも私は、待って、と止めた。
彼の呼吸だけがかすかに電話口から聞こえる。私の呼吸を合わせる。次第に何かが重なっていく。私はゆっくりと告げた。
「これから、ずっと甘えてもいい?」
彼の静かな吐息が私を包んだ。