第38期 #18

特に意味なし=人間

ところで君は、今この瞬間に人生を左右する決断を迫られたらどうする?
僕は恐らく慌てふためき、うわあどうしよう困った困ったと混乱してしまうだろう。考えなくても分かる。人間には2種類の人間がいて、1つは何事もズバズバと正直に物事を決めていく人間。もう1つはよく回り道をして、迷い、悩み、苦しみながら生きていく人間。僕は典型的な後者で、我ながら格好悪いなぁと思っているのだが、一方で前者のような人間になりたいともあまり思わないし、親しくもなりたくない。 
 この世に生きる人間のほとんどは、僕と同じく後者のような人間だ。あまりハッキリと物事を決められず、何事も用心深く行動をする。考えすぎだと言ってしまえばそれまでだが、それ故に人間らしいではないかと僕は思う。
 しかし当然のコトながら、そんなハッキリしない人間にも、唐突に重大な決断を迫られるコトがある。
 僕の友人が面白い体験をしたので聞いて欲しい。
 彼はNと言うのだが、そのNがある日会社の同僚からこんなコトを言われた。
「あ、お前来週中国へ飛ばされるらしいな」
この言葉を友人から聞いた時、Nの頭には色々なコトがぐあッと沸いてきたらしい。中国へ飛ばされる?この俺が?まさか中国地方のコトではないだろう。家族は?老後は?ああどうしよう困った困った。
 そんな風に混乱しつつ、Nの考え出した選択肢は2つ。大人しく中国へ飛ばされる。クビ覚悟で完全拒否をする。50年後のコトまで視野に入れ、Nが悩みに悩んで考え出した結論は、どういう訳か「思い切って少年時代の夢だった小説家を目指す」になってしまった。
 人間という生物は基本的にヒネクレていて、追い込まれると驚くような大胆な行動に出る。今回のNもそのパターンであった。
 
 そして数日後、Nが会社側から受けた命は次の様なモノであった。
「今度から3日間、中国の支店の調査をして来てくれないかな」
 全く馬鹿みたいな話だ。Nが老後のコトまで考え、覚悟を決めて決断をしたというのに……。しかし当のNはこれを聞いて、おおいに喜んだ。いかに強く決断しても、結局当り障りの無い所が1番安心できるのである。いやつくづく馬鹿みたいな話だ。

 しかしその馬鹿さ加減が、人間らしいと思うのだが。
 
 面白い話と言ったが、案外意味の無い話だった。いや本当に無意味な話だ。誠に申し訳ない。

 でもその無意味さが人間らしいと思うのだが。

 



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