第38期 #17

物言わぬ彫像の前で(ナペチャ王物語)

 『ナペチャ王』という題の彫像の前に着いた。豪奢な鎧に老体を包み、頭には小振りの冠を載せているが、どこか不釣合いな印象である。両手で杖をついたこの像は俯いていて、見上げていた私と目が合った。
 そこへカイゼル髭の紳士が現われ、この彫像について語ってくれた。

 ナペチャは羊飼いの一人息子として生まれた。彼の母はナペチャを産み落とすのと引き換えに二十歳の短い生涯を終えた。
 頑強な父の元で一人前の羊飼いとして成長したナペチャが十九歳になった日に、二十年続く事になる戦争が始まった。やがて、父はエルヌイの将校として迎えられ村を出て行った。父は傭兵だった。エルヌイの司令官の戦友だった。
 ナペチャのいる村まで戦火が延びて来たのは彼が二十七歳の時だった。既に妻を持ち、病気勝ちの六歳になる娘がいた。開戦から八年が経ち、戦線は大きく西へと動いていた。村はエルヌイからゴーゴンの領地となっていた。
 三十六歳のある日、ゴーゴンの国王が病死したのを機にエルヌイ軍が村を解放した。その隊を指揮していたのが六十三歳になっていた父だった。十七年振りの再会を短く祝うと、父はすぐに村を出て行った。
 その三年後、戦争の終結と入れ替わりに、疫病が村を襲った。まず娘が倒れ、看病していた妻が次に倒れ、間も無く二人共がこの世を去った。娘の婚約者だったいつかの解放軍兵士も、埋葬を見届けると村を去った。
 一年後、戦場で病死していた父の葬儀が国葬として営まれた。ナペチャは召抱えられ、宮殿に住む事になった。そこで彼は学問を修めた。
 六十二を数える頃には、ナペチャは参謀として隣国との領地争いに奔走していたが、この頃のエルヌイは、ゴーゴンと同盟を結んだマデランとの小競り合いや、西からのバイ族の襲来などで優秀な将校らを相次いで亡くしており、嘗ての大国の姿を留めてはいなかった。エルヌイは、ナペチャと、ハムブラム二世以来の名君になるであろうと期待された若き現国王オラハムシ五世とのたった二人によって維持されているようなものだったが、国王が散策中に落馬しそれが原因で亡くなると、エルヌイは一年足らずで瓦解した。
 この彫像は、突入して来たマデランの兵隊を玉座で迎えたナペチャの姿を現したもので、その格好が王の物だった事から、後に『ナペチャ王』と称された。

 語り終えると、紳士は消えた。
 私はもう一度『ナペチャ王』と視線を交わし、この場から去った。



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