第38期 #16

姉が太陽を飲み込んだ

 午前2時頃のことだ。姉が太陽を飲み込んだと喚きだした。理由は分からない。しかし此の儘では理窟上、朝になっても夜が明けないことになる。これは困った。病院に行けと言ったが医者は嫌だと言う。仕方ないので父と母と俺とで姉の口から太陽を吐き出させることになった。
 風呂場に行って踝を持って姉の体を逆さ吊りにしてみたり、口に指を突っ込んでみたりした。けれど太陽は一向に姉の体から出てくる気配さえない。これだけ手を尽くしたのだから姉の喉の奥から太陽の劇烈な光がちょっとは見えてきても良さそうなものだが。
 終には姉の下腹部を家族皆で直接圧すことになった。要するに姉の内臓を圧し潰して仕舞う訳だからこの方法は避けていたのだが、もう朝が迫っている為止むを得まい。
 矢張り風呂場で姉の体を仰向けに横たえさせた。父と母と俺は姉の腰の傍にしゃがみこんだ。この頃になると姉はもう、太陽を吐き出させるために家族が強いた惨い責苦により憔悴していた。体は緊張の為か強張っており体温はひどく低く冷たく、額には脂汗が浮き前髪が幾筋か張り付いている。肌は水気を奪われ乾いている。ただ瞳だけは精神を張り詰めているからだろう、家族の誰よりも輝いていた。いや輝いているのはもしかしたら太陽を体内に孕んでいるからかもしれない。
 その瞳がこちらを睨んでいた。
「圧すぞ」
 と父が言い、それを合図に父と母と俺は一斉に姉の柔らかな腹を掌で圧した。
 姉の体が曲がった。しかし太陽は出てこない。姉の口唇の端からは血液と唾液の混じった醜い泡が垂れ流れている。姉が俺に言った。
「お前の圧し方が弱い」
 母が「あなたは肝心な時にいつもそう」と言った。
「姉さんの目が怖いんだ。顔に袋を被せてもいいか?」
「太陽が出るところを見たいからそれは嫌」
 母が俺の手の甲に自分の掌を載せた。その上に父が掌をまた載せた。三人で掌を重ね合わせ、また姉の腹を圧した。一瞬風呂場が白光で満ちた。しばらくしすると窓から朝日が差し込んできて、どうやら太陽は姉の体から吐き出されたらしい。
 姉はその後しばらく寝床で寝たきりになった。ただ自分の体から吐き出した太陽が昇る度、元気は戻っていった。ある日、俺が体を拭うタオルを持って行ってやった時のことだ。「顔色が戻ってきて良かった」と言ったら、突如姉の表情が変わった。風呂場で見せたあの形相にみるみる変わりこう言った。
「でも、次はお前の番なんだよ」



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