第38期 #10
バラが咲くと思い出すのは、恥ずかしそうに、由紀に差し出されたバラの花。まだ、小学生で、五年生。クローバがいっぱい入った籠の中から、バラの花は取り出された。バラはクリーム色で小さい。亘君うさぎ飼ってて、草刈りの帰りだった。白いうさちゃんは赤い目をしていて、亘君からもらった草をおいしそうに食べていた。あの頃、由紀の方が背が高かった。
中学でも亘君とクラス一緒だったけど、何か距離ができてしまって、昔みたいには遊べなかった。もうお互い子供じゃなくて、自然に振舞えなかった。何か怖いの・・。でも、人生はこれからって・・由紀は高校出てすぐに、年上の男性と結婚した。でもすぐ別れて、それから独りでいるうちに、もう四十。ほんと嘘みたい。年なんかとりたくない。
同級会に亘君出てこないけど、いつも話題になるのは、結婚しないから、同級生の女の子の憧れだったから。・・
田舎の交通って車に頼っていて、電車に乗るのは本当に久しぶり。お盆の日、用事を済ませて電車に揺られながら帰ってきた。駅のホームで、十人ばかり降りた人の中に、すてきな中年の男の人を見つけた。ジーパンと白いシャツで野球帽かぶってる。右手に旅行カバン。由紀、駆け出した。
「亘君!」
亘君、立ち止まって、振り返った。
「由紀ちゃん!」
亘君ひどく驚いた風で、でも昔と同じ笑顔で、何だか昔のとおりで、年取ったこと忘れてしまう。
「どうして車で来ないの?」って聞くと、「新幹線できたから、楽なんだ」って。昔の、小さい頃そのままの感じ。中学時代にふたりの間にあった、あの変な距離感はすっかり消えていた。一体あれって、何だったの? 本当、何だったのだろうか・・すっかり年取ったから・・それとも、年取るってこういうことなの?
最近田舎は、道歩いてる人いない。二人並んで線路沿いの道を行くと、線路の垣にバラの花が咲いていた。ひとつだけぽつんと淋しく咲いていて、由紀バッグから小さなはさみ取り出して、パチンと切った。それから由紀、亘君見上げて・・何だかとっても照れ臭くて、少し赤くなりながら、バラの花、渡した。
すると由紀、肩を強く抱かれて、驚く。それから、肩抱かれたまま線路沿いの道をゆっくり歩いて行った。バラの花は亘君の左手で揺れていた。バラはピンクで大振りだったけれど、少し傷んでいた。
由紀、よかったね、バラ咲いてて、本当に・・。