第37期 #6

白のバラライカ

 ぐんにゃり曲がった標識の下。座り込んだ膝に白のバラライカひとつ置いて、ぼーっと砂漠を眺めていたのです。
 砂漠は静かです。時折吹く風と自分の鼓動だけが音です。
 夕焼け空がいっぱいに広がっています。驚くほど赤い夕日が地平線に溶け 砂漠のさらさらした砂がしっとり温められていきます。そのしっとりした砂がパッと散ったのを感じ、僕は道の方を向きました。
 いつの間にか標識のそばまでやって来たサボテンは、少しばかりトゲトゲしく言いました。
「退屈そうだねベイビー」
「まあね」
 けれど実の所 僕には退屈な気持ちなどひとつも持ち合わせていなかったのです。
 サボテンは夕日で染まった赤ら顔を震わせて笑いました。
「ズバリ言ってベイビーは何かヘヴィな悩み事を抱えているね?」
 思わずぎくりと胸を押さえると、サボテンは得意満面でふんぞり返りました。ゴツゴツした顔に鼻のようなコブが幾分高くなったようにも見えます。僕が顔をしかめてみせても、彼はちっとも気にしていないようです。
「ここで会ったも何かの縁さ。オイラで良ければ話し相手になるぜ?」
 言葉だけは頼もしいのですが しかしやはりどう見ても僕の目の前にいる彼はサボテンです。身長九十センチほどのサボテンです。小さいトゲがポツポツついたサボテンです。
 ぐんにゃり曲がった標識の下で座り込んだ僕は、白のバラライカ抱えて ハーッとため息をつきました。夕日がいくらかにじんでいます。砂漠の風が冷たくなってきました。間もなく夜になるのでしょう。
「イテッ」
 丸めた背中に、トゲ付きの手がぽんと置かれました。
「……オイラの名前を漢字にしてみな」
 その声は、大変穏やかでした。
 「仙人の掌」と僕が答えると、サボテンは深くうなずきました。
「仙人でなくその掌にだけ、そっとベイビーの悩みを打ち明けてくれないかい」
 しばし何も聞こえませんでした。
 僕は震えながら白のバラライカを握り締め、長年の悩みをトゲだらけの顔に告げました。
「……僕は、バラライカが弾けないのです」
 しばらくの間 砂漠には嗚咽と風の音だけが絶えることなく響いていました。僕は泣きながら 彼の手は抱き締める時にだけはトゲが刺さらないのだろうかと考えていました。
 砂漠に もうじき 夜がやって来ます。



Copyright © 2005 神藤ナオ / 編集: 短編