第37期 #20
宙の縮図を広げると、真ん中に五ミリメートルくらいの太陽がある。それを中心に囲む四本の楕円軌道もかかれてあった。太陽から火星までの縮尺図だ。
「ここに地球があったんだよ」
指の先には何もない。第三惑星軌道のあとだけが未練たらしく残っている。
「こんな線、消しちゃえばいいのに」
「あったことを忘れないために残しているんじゃないか」
「だって、ずっと昔に消滅したんでしょ? 存在しない星の軌道なんて無意味じゃない」
「それでも、大切なんだよ」
「ないほうがずっと良いのに」
軌道をなぞってみると、縮図の真上に惑星の立体映像が浮かび上がる。
「なに、これ。はじめて見る」
白と青と緑と、ところどころ茶色が混じった星だ。手を伸ばすと止められた。
「古いからね、映像が乱れるよ」
「これ、そんなに大切?」
「宝物だよ。ご主人が産まれたところ、私が作られたところだ。もうこれしか残ってない」
「ふーん」
祖母が私に残したのは、この骨董的なアンドロイド一体と古い宙図。アンドロイドは旧式すぎて使えないうえに、新しい主人の命令も聞きはしない。ただ頑固に大昔の宙図を握って離さない。
「わかった。もう捨てるなんて言わないから、部屋の片付け早くしてね。今日中にはここ、退去しなきゃならないんだから」
「これは?」
「そんなに大事なら一緒に持ってきてもいいよ」
掃除を急かして部屋を出た。緩慢な動作の機械だから、見ていると苛立ってくる。無駄な動作が多すぎる。
ため息を吐きながら点滅する携帯電話に手を伸ばす。
「ママ? うん、今日中に片付け終わらせるから処分場の手配はよろしくね。私、いまさらガラクタなんて要らないわ」
電話を切ってから空を仰ぐ。黒い空に小さく瞬くいくつかの光が見えた。
きっと、あれの処分費用だってバカにならない金額になるのだろう。いくら本人が幼い頃にねだったからといって、そんなことすらきれいに忘れてしまっていた今、特別に欲しいとは思わなかった。
祖母が抱いていた郷愁なんて私にわかるはずもない。見たこともないものを懐かしいなんて思えない。
ただ、見ることしかできなかったホログラフィーの星に触れてみたかったな、と少しだけ思った。