第37期 #17

いっぱいのかけそば

激辛篇

 最前から母親が訴えている水を、水を、という弱々しい声は、虚しく宙へ消えていくばかりである。テーブルにおかれた一杯のかけそばのそのだし汁は、唐辛子の赤に禍々しく歪んでいる。二人の息子はその立ち上る赤い湯気に目も耳も鼻も口も犯され、小さな頭をテーブルに突っ伏し、少しずつ冷たくなろうとしていた。
 水を。水を。その弱々しい声に、誰も答えようとはしない。
 窓の外で雪はいよいよ降り積もろうとしている。



猿のかけそば

 ついに俺は猿達から逃れ、自由へと走り出した。ぼろぼろの衣服。汚れた身体。まったく酷い格好だと自分でも思う。だが銃もある。食料もある。そして腕の中には、俺が助け出した女がいる。
(悪く無い)
 人が愛する者と生きていくのにはそう悪くは無い。これで充分だ。
 そう思った時だった。
「ああっ!」
「どうした」
 女が指さしたモノ。それは。
「……なんてことだ」
 崩れ落ちた瓦礫の山。その真ん中に、静かに横たわる巨人像。
 自由の女神。
「なんてことだ……。ここは、ここはかけそばだったのだ!」



ティファニーでかけそばを

 おいしいねー、とかけそばすすってオードリー大はしゃぎ。



運命の恋篇

「かけそばおまちー、あー!」
 がしゃあん。
「ああすんません、今すぐ拭きますので」
 お店のお兄さんは慌ててテーブルの上を拭こうとした。
 丸い目をした優しそうなお兄さんだった。「ゾウに似てるね、このお兄さん」。妹が僕に小さく耳打ちする。
「大丈夫ですよ」
 そう言ってお母さんは雑巾を取ろうとした。そしてお兄さんも。
「あ」
「あ」
 お母さんとお兄さんの手が、触れた。
 赤くなったお母さんの表情は、僕には普段の何倍も綺麗に見えた。



シド&かけそば

 全くあの女ときたらヤク中で、ブスで、ヒステリックに俺に喚くしか脳がねえ。
 何も出来ねえ。何も考えてねえ。あの女は考えるなんてこと、できねえ女だ。だから、だからだから。
 ああ、だからどうしようも無く、どうしようも無く好きなんだ。畜生。畜生、好きなんだ。

 シドは私にそんな風に慌ただしくまくしたてると、かけそばをかきこんで出て行った。待ってろ、いま会いに行くぜ。彼は叫び、走り出す。
 彼が逮捕される前の日の出来事である。



一杯の枕草子

春はあけぼのやうやう白くなりゆくかけそばは



かけそば記念日

かけそばが良いねと君が言ったから3月6日はサラダ記念日

(評)二人の仲の悪さが切なく表されていてモダンですね。



Copyright © 2005 るるるぶ☆どっぐちゃん / 編集: 短編