第37期 #11
おじじは、赤く熟した実をもぐと、
「はむっ」
と噛んだ。欠けた歯の跡がついた。
「食うか」
「うん」
ボクは、おじじの食べかけた実に、かじりつく。甘酸っぱい汁が、口の中に広がる。
「えぃでんは、うまいだろう」
「うん」
ボクは返事もそこそこ、餓えきった誰かに取り上げられる前にと、えぃでんの実をすっかりたいらげた。
おじじは、左の腰につけた皮紐から、黒い針金を1本とると、右の腰に移す。
左の腰には、黒い針金がいっぱい。金色のぴかぴか光る針金が1本だけついている。右の腰にも、黒い針金がいっぱい。にぶい金の針金が、何本かついている。
「えぃでんの実にはな、毒のあるのがある…」
「毒のないのを食べたら黒い針金、だよね」
えぃでんの実を貰うたびに言われる言葉を、ボクは先まわりして唱えた。
そして、その日が来た。おじじは、赤い実を一口かじり、飲み込んで。その実を遠くに放り投げようとしたけれど、もう力はなかった。赤い実は、おじじのすぐ足元に落ちて、ころころ転がる。まるで、ボクが何もわかっていない子供で、その実を食べようとしたみたいに、おじじは倒れこむ自分の体で、実が拾えないよう覆いかぶさった。
ボクが、おじじに駆け寄った時には、おじじの体は、ひくひくと痙攣していた。
「えぃ…で…」
「うん、わかってる、わかってるから…」
ボクは、おじじを少しでも安心させてあげたくて。ひくつく体に馬乗りになるようにして、左の腰から金色の針金をとった。
それを、おじじの目の前にかざす。
「ほら、ね、金色の針金…」
昏くなりかけているおじじの目に、笑みの色が浮かんだような気がした。
ボクもおじじくらいの歳になったとき、おじじの皮紐を腰に結ぶのだろう。
そのときまでに、金色の針金を見つけておかないと。