第37期 #10

味噌汁

 学校から行く旅行の旅館の食事は、どうしてあんなに不味いのだろう。
 すべての料理が何時間も前に調理されたもので、完全に冷えてひからびている。
 子供相手だからと思って馬鹿にしている。こんなものを食わせるくらいなら、いっそのこと弁当にしてくれればいいのに。
 団体旅行の旅館の冷えた食事の中でも、ご飯と味噌汁だけはかろうじて温かいのだが、この味噌汁が悲しいくらい不味い。
 汁の実だけは色々入っているようなのだが、すべてが長時間煮込まれてくたくたになっている。椀のなかは泥水のようで、香りもなにもあったものではない。

 その団体旅行で、一度だけおいしい味噌汁にありついたことがある。
 その日も、いつものように生徒達が大広間で席に着き、食事のはじまるのを待っていると、仲居さんが味噌汁の入った大鍋を持ってきた。ところが、広間の入口のところで蹴つまずいて、中身を全部こぼしてしまったのだ。「ヤッター」子供たちは歓声を上げ、大声で囃し立てた。
 数分後、慌てて作り直した味噌汁が運ばれてきた。もちろん、急ごしらえである。汁の実は白菜をざくざくと粗切りにしたもの。急いでいるから煮えたか煮えないかのシャキシャキである。汁は舌が火傷するほど熱く、味噌は今溶き入れたばかりで香りが立っている。
 このときばかりは、私も味噌汁のお代わりをしようとしたが、いつもと違ってあっという間に売り切れてしまい、私が行ったときは鍋の中はとうに空だった。美味いものは誰にでもわかるのである。
 その後、旅館での食事のたびに「待ちぼうけ」の兎のように、仲居さんが転げて味噌汁が作り直しになるのを、私はひそかに待っていたのだが、二度と仲居さんは転んでくれなかった。



Copyright © 2005 小松美佳子 / 編集: 短編