第36期 #20

鴎外夢

 僕は手書きのノートを読んでいた。僕の部屋でない、どこかの見知らぬ書斎だ。それはどこぞの新聞記者が森鴎外の秘められた醜聞を探ろうと息子の森於莵に取材した手記で、まるでノートを透かして取材の現場が見えてくるような生き生きとした調子のよい文で綴られていた。
於莵はちょっと日本人離れした透けるような白い顔の美男子で、結核を患い離れに隔離されていた。記者は実は相当に醜聞の核心に迫っていて、あとは裏付けを取るばかりで、於莵に対し、随分と高飛車に接していた。
「私は貴方のこの肌の白さが病気のためばかりでないその所以を知っているのです」
 記者はそういって、於莵ににじり寄った。於莵は身体を震わせ俯いて何も言えずにいた。
「あくまでも黙っているのだというのなら、何もかも言って差し上げましょう。貴方が母御の腹に宿ったその夜の、母御の秘所に突き入れられていた男根は鴎外氏のそれでなく、白く柔らかなもので、鴎外氏のそれは、その持ち主の身体に突き入れられていたのだということを」
「ああ、どうしてそれを。そのことをご存知なのですか。呪われた我が家の秘密を」
「なに、鴎外氏が医術を外国で学んできたように、探偵術を外国で学んできたまでのことですよ」
「それならば、私の呪われた血がもたらす欲望もご承知のはずだ。ああ、どうか後生ですから、余命幾許も無い私の為に、忌々しき快楽を私にお与えくださいませんか」
「よろしいでしょう。ただ二人だけでは詰まらない。あなたが宿った夜の閨と同じよう女子を一人用意して頂きましょうか」
「なんとも残酷な言い様。この家に女子といえば私の幼い妹しかおりません。しかし、いいでしょう毒喰わば皿まで」
 於莵は母屋から妹の茉莉を呼んでくると、自分の床に寝かした。何もわからぬ妹をあやしながら着物を脱がせ、片手で口を塞ぐと、幼い秘所に熱り立った陰茎を無理矢理捻じ込んだ。それを満足げに見下ろすと記者は、於莵の着物を捲って、自分の陰茎を青白いその尻に突き入れた。
 そこで僕は慌ててノートを伏せた。ノートの表には夏目金之助と署名されていた。僕は自分の下半身を見た。僕のペニスはいつのまにか痛いほど勃起していて、ズボンの中に収まっていながら、女性の膣壁とはまた違う、纏りつく粘膜の感触を感じていた。チャックを開けると、ペニスが勢いよく飛び出してきた。それは見慣れた自分のものでなく、熱く脈打った夏目漱石のペニスだった。



Copyright © 2005 曠野反次郎 / 編集: 短編