第36期 #19

蜥蜴と野苺

 草いきれの土手を越えて市境の川に伸びる大きな橋の、橋脚の中程に何故だか人一人横になれるほどの細い段がしつらえてある。土手の下に並ぶ小さな住宅からも、橋の上の車道からも死角になったその隙間に、小柄な若い女が眠っている。
 日差しが強く照りつける土手では、黒目ばかりの小さな目をした胴の長い男がたった一人歩いている。眠る女に黒目をとめた男は、丈の高い草の生えた滑る斜面を革靴で器用に降りると、女の傍にするりと潜りこむ。
 そこは日陰になっていて思いのほか暑くない。あばたの残る女の丸い頬には薄く汗が浮かんでいて、濃い紅をひいた唇が淡い呼吸をしている。
 見知らぬ細長い気配に目を覚ました女は半身を上げる。傍らに跪く灰色の男の、左手に薬指と小指の失われているのを見た女は、髭の浮いた頬を両手で引き寄せ、遠い日の誰かとの約束を思い出すようにくちづける。
 男は色褪せた黒いシャツも着たままで、大きすぎるワンピースの下に、温度の無い乾いた腕を差しこむ。若い肌をなぞるように愛撫するうちに湿って息づき始めた女の中心で、男は警戒する獣のように浅く深く分身を出入りさせる。その寂しき情欲が果てる時、女が赤い唇から、ふっくらと瑞々しい息を吐く。
 土手の向こうから湿った風が草の匂いを運んで来て、男は自分の胸の下で呼吸する女の肩の骨が、意外に幼く華奢であることに気づく。
 女は男の腰の辺りをまさぐると、三三口径のオートマチックを抜き取る。
「あんたの弟分さ…」
「ああ。俺も時間の問題かもな」
 隙間にひとつだけ背を伸ばした雑草が、肌寄せ横たわる二人の頭上で揺れる。女は遠く鳥のぎちぎちと叫ぶのを聴いたかもしれない。
「あと何発残ってるの」
「二発」
 女はふざけて銃を振り回す。暴れる髪の間からやけに濃い化粧の臭いがして、よく見ると白く塗られた幼い頬の下が青痣に膨らんでいる。
 男は銃を取り返し、その細身が飲み込まれるほどに深く、シリンダーを小さな黒目で覗き込む。やがてその筒先を翻して女の赤い唇に当て、一緒にいくか、とつぶやく。
 色の薄い瞳が一瞬だけ濡れて彩られる。だが女は首を振り、甘苦い凶器を男の右手ごと両の掌で包み下ろす。
 その時西に大きく傾いた陽が二人に差しかかる。女は背の下に敷いていた若草色の薄い上着を取って、自分と男にそれを被せる。
 夕空を裂いて舞い踊る大きな嘴も禍々しい鉤爪も、今この時だけはみどりの蔭の二人を見失う。



Copyright © 2005 とむOK / 編集: 短編