第36期 #14

風鈴

 星をみている。無数の光の点から星座をみつけたギリシア人の想像力にならってみるけれど、俺には大熊も獅子も見えてこない。ならばジプシーにならって星に名前をつけてみることにして知人友人同僚上司片っ端から夜空に散りばめていく。この星空は俺たちのもの。熱中してくると小腹がへってきて、台所でたっぷりのモッツァレラチーズをのせたトーストを焼いた。それを食べながらまた星を見上げる。今みえている星の光は数十年、数百年かけてやっと地球に届くらしいから、俺たちの名がついた星のなかには今は消えてなくなっているものもあるかもしれない。この世には存在しないのにその光だけがこうして何光年も先まで届き、そこで一人暮らしの男から「俺たちの星だ」なんて言われても平気で受け入れてくれるんだから星ってやつは。恒星は太陽と同じくらい熱い星らしい。宇宙旅行が自由になったら名づけた星に行ってみたいけれど近づいてみれば恒星で、俺自身が燃えてしまうかもしれない。
 腹が満足すると今度は酒が飲みたくなってカンパリをソーダとグレープフルーツジュースで割った。ベランダに戻るといつのまにか夜が明けようとしている。
 そのまま空を眺めていると昼になって、今ごろは昼の星が姿を現しているだろうと思うけれども俺の目には映らない。ジプシーになら見えるだろうか。セミが鳴きだして、それからはセミの声を聞いていたが、いつのまにか瞼が重くなった。睡眠薬入りのジャスミンティーを飲んで過ごす昼下がりみたいな気分だ。
 明後日に建築士の試験がある。友人から頑張れと電話があったけれど、頑張れと言われると頑張れない。焦りや不安や期待や希望が混じりあったけだるさの中、目覚めたら夜。
 かおりに逢いたいなあ。かおりに逢いたい。でもかおりがいる場所は俺の住む部屋からは何光年も離れていて、きっとそこは恒星かもしれなくて、俺は燃えてしまうかもしれない。それでもかおりに逢いたい。
 今夜は星がみえない。去年の線香花火があったのを思い出して取りにいく。ちりちりと散る火花の光が恒星に届かないのはわかっている。
 気持ちのいい夜風がふうっと部屋を通りすぎた。風鈴がちりんと鳴った。風鈴は鳴りやまない。俺は目を閉じて風鈴の音をきいた。汗がすっとひいて、身体が軽くなっていくのがわかる。目をとじた。かおりが側にいるような気がしたが眠ってしまって、翌朝部屋に風鈴などないことに気がついた。




Copyright © 2005 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編