第36期 #11

没落

 その気狂いは嘘と真実を同時に話す舌を持っていた。

 ある貧しい農村では、十年に一度水銀を溶かせた山羊の乳を妊婦に飲ませ、生まれた子供を神として奉る風習があった。
 結果として生まれた子供はどこか身体の不自由を負っていて、心臓が右側にある子供、眼球が咽喉の奥にある子供が度々生まれ、それを神の象徴として村民は崇めた。そして、彼らのすべてはサヴァンと同様に名付けられ、代わりのサヴァンが誕生した翌日に火炙りにされて殺された。

 僕が出会ったサヴァンは口蓋の奥にもう一枚小さな舌を持っていた。
 彼によって語られる言葉は、奇妙に重ねられた二枚の舌のせいで異なる意味の言葉が唱和し、その言葉の片方どちらかはある真実であり、もう片方の言葉は虚偽に満ちたものであるという話だった。だが、そのどちらが真実であり、そのどちらが虚偽のものであるかは判別不可能なことであった。

 そんなある日、村でもっとも美しい少女が無残に殺されているのが発見された。
 村民のあいだでの殺人は禁忌とされたこの村では、躍起になって犯人探しを始めた。だが、どうやってもその犯人を発見することはできなかった。
 そこで村民は二枚舌のサヴァンに宣託を頼み、真実の舌と虚偽の舌で語られた二人、その両方を処刑すると決めた。一枚の舌で語られたのは少女の父親、もう一枚の舌で語られたのは少女の母親だった。二人はその翌日に首を切り落とされ、彼らの屍体は犬に食べられることとなった。村は平穏を取り戻した。
 そのようにして、二枚舌のサヴァンは次々と宣託下し、村の指針を選択に貢献した。彼の真言はより確実的な信仰を集め、もはや彼の言葉を疑う者はいなかった。

 やがて、村に次なるサヴァンが生まれた。大脳を持たない子供だった。二枚舌のサヴァンは慣習通りに翌日に火刑に処されることとなった。しかし、子供はサヴァンとしての一切の能力を示すことなく、生まれたその朝に息を引き取った。また、村の掟ではサヴァンの能力を持たない白痴もまた火炙りにするため、二人のサヴァンは同じ棺に並び、棺に火を着けられるのを待った。棺に火を着ける役目は僕が担うことになった。
 そして、僕は二人のサヴァンの白い肌に精油を塗りつける際中、僕は彼の最後の宣託をただ一人耳にして身を戦かせる。彼は不気味に高い声音で笑い、ただ一つの言葉で僕に囁く。「少女を殺したのは私だ。私は神を信じてなどいない」。



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