第35期 #7

ビバ!弁慶

義経一行は安宅の関へ差し掛かった。弁慶は背中の主を降ろし、主従十二名を睨め回す。
「では打ち合わせ通り、よろしく頼む」
つまらなそうに義経は山伏姿に身をやつす。その傍らでは弁慶、白粉を顔中に塗りたくり、慣れた手つきで隈取っていく。
「おい武蔵坊。早くしなよ。関守の白面野郎がいらついてるぞ」
「急かすな次郎、やっと回ってきた主役の座だぞ」
「どうせ俺たちゃいつも脇役さ、っとなんだ、おかしいな。さっきから忠信の姿がみえねぇな……うわっおお御曹司っ」
あわわあわわと三郎が義経の背後を指差すその奥に、三升の紋付に大太刀を佩いた若武者がひとり、そして大音声。
「しぃぃばぁぁらぁぁくぅぅ」
どたどたと足踏み鳴らし、舞台中央へと歩を進める。悠然たる姿に目を奪われたその瞬間、関所の中央階段から狐忠信がポンと飛び出す。
「権五郎、のでる幕、ではないんだなこんちきしょのこんこんちき」
なにおぅと権五郎太刀を抜き構え、くわり目を剥き、黒衣に支えられての大見得。
「おお、でっけぇ」
駑鈍権五郎をあざ笑うかの如く、所狭しと跳ねる狐忠信。出番を完全に失った富樫の顔面はさらに蒼白、やにわに上手から大星はじめとする塩冶浪人達が「われら本懐遂げたり」と行列なせば、あっぱれあっぱれと屋上を右往左往する鼠小僧に、ええとあれは砥辰か。
「おぉれ、だまれだまれぃ、お主らの出る幕ではない、主役は俺だ」
堪りかねた弁慶、ドケドケドケと中央へ向かうも虚し。戸板が返りお岩さん「こーんーばーんーはー」雑踏を掻き分け登場御存知白井権八に、箙に梅が枝挿したこちらは源太景季、
「どなたか父を見ませんでしたか」
「うわっ景季っ、たたた忠信、引き抜け、ぶっ返せっ」
慌てふためく義経おもわず八艘飛び越し舞台の外へ。笛の音高くジャミかき鳴らし鼓乱打の清元連中、こちらには声枯らさんばかりの長唄連中。
「めーたーめーたーだーまくーにーしろーまくーおーひけー」
大合唱の中、委細構わず広げる勧進帳、ぐいと見得きる弁慶のその顔前へ、スッポンから面灯りでせり上がるお菊さん。
「あーあ。やってらんねぇな、こりゃ。」
義経は私の隣に座り込み、やれやれと鬘を取って汗をぬぐう。
「まだ、やるの」
「もちろんだとも」
毅然とこたえる私の首根っこを弁慶、舞台の上からむんずと掴み引き上げる。
「まぁ、まて弁慶、話せばわか」
私の弁明を最後まで聞くことなく、弁慶は無言でこれでもかとばかり幾度も私を打ち据えた。


Copyright © 2005 さいたま わたる / 編集: 短編