第35期 #2
「朝っぱらからうるさくしないでよ」
“いってきます”を催促する母に言い放った一言。あたしの言葉。
電車の中、授業中、お弁当、ずっと頭からこびりついて離れない。
案の定、夕方のリビングは沈黙の糸が張り詰めていた。
野菜を炒める音。食器が擦れる音も、レンジの電子音もそう。いつもは特に気にも止めない生活音が、今日だけは特に耳につく。
この妙な雰囲気をごまかしたくて、テレビをつける。どんなことにも甲高い声で過剰に反応するタレントも、芸能人を面白おかしく批評するキャスターも、何か違う。
あたしがうるさいなんて言ったから―――答えはもう出ている。
逆の立場であれば、きっとあたしは口をぎゅっと結んですべてに投げやりになってしまうだろう。それなのに、「あそこが一番」って言ったメロンパンも、クッキーも、いつもと変わらないでそっとテーブルに置かれている。
自分がしてしまったこと、それでも変わらない愛情を注いでくれる母。自分の不甲斐なさが身にしみる。
「ごはん、食べなさい」
無言で食卓についた。野球中継のキャスターの声だけが、その場を満たす。
もし、今振り向いてくれたら、ごめんなさいって言えるかな。だけど、じっとあたしが見つめても、絶対にこっちを見ようとはしないのがわかる。食べるスピードがいつもより早い。今日だけ、気づいてしまう。
ごめんなさい。朝はごめんなさい。今日の朝・・・すみません。
なんて言えば伝わるだろう、あたしの気持ち。
「・・・ぃ。」
口に食べ物を含んだまま、もごもごしながら、やっと自分が聞こえるくらいの“ごめんなさい”を言った。
今、気づいてくれたら・・・・、言えるのに・・・。
「ごっ・・・・。」
なんではっきり言えないんだろう。
「・・・なさ・・・。」
「・・・・・。」
普段は言えるはずの言葉が、でてこない。歯がゆい。苦しい。
心の中で、そっと歯を食いしばって泣いた。