第35期 #10
次の日、俺は部長に辞表を出した。
「これは栄転だ。何が気に入らん」
ちょび髭の前で俺の辞表と辞令を交互にひらひら泳がせて、部長が俺に聞いた。
「パートナーです」
「優秀な奴だ」
「人を喰った奴です」
「昔の悪い癖だ。今や業績トップの宅配人だぞ」
「相棒の死亡率も、でしょ」
「危険な任務が多いからだ」
部長はちょび髭をしごいて、昇進を素直に喜べと言う。嘘だ。厄介払いに決まってる。
「たとえ過去にそんなことがあったとしても、今は無いはずだ。もともと文化が違うのだ。それを理解しろ」
少なくとも証拠は無い、と免罪符のように断言する部長の鼻先でひくひく揺れるちょび髭を毟り取ってやりたいのを我慢し、俺は新しい相棒に挨拶した。
「俺が任務で死んだら喰うのか」
俺は涙目だったに違いない。
「そんな野蛮なことはしない」
クロコ星系出身の鰐型宇宙人ワニブチ配送主任は、地球人の三十倍はありそうな大口を開けて舌なめずりすると、爪の伸びたごつい手で俺と握手した。
何でも運ぶ銀河宅配。俺が配属されたのは「戦地直送課」だ。危険は多いが給料もいい。仕事は銀河連邦軍の紛争地帯、最前線への兵器の宅配だ。こんなものまで民営化される昨今なのだ。
初仕事はアント星系へ飛んだ。地下数百メートルに達する巣穴の奥で、連邦軍はアント星人の叛乱軍を相手に交戦中だった。ブツを届けてハンコを貰えば、こんな所に長居は無用だ。
地上目指して移動中、横穴から来た突撃部隊に遭遇した。黒い触角と細い六本の手足を揺らし、無数の蟻型宇宙人が巣穴狭しと追ってくる。やっと振り切りさあ出口という時、砂地の竪穴がぼろりと崩れた。必死でつかまり下を見ると、力強い爪でワニブチ主任が這い登って来る。
奴は俺の尻を見て舌なめずりをしやがった。
手元の岩がまた崩れ、真っ逆さまに落ちてゆく。俺は意識を失った。
目を覚ましたのは病院の一室。枕元には俺を見守るワニブチ主任がいた。
「助けてくれたのか」
「そんなつもりは無い。背中にお前が落ちてきただけだ。動かないから死んだと思った」
「喰わなかったんだな」
「言っただろう。生きてるものを殺して喰うなんて、地球人のような野蛮な真似はしない」
「そうかあ。そうだよなあ」
俺はワニブチ主任のごつごつと太い首っ玉に抱きつかんばかりに喜んだ。
「当たり前だ。生きてるものは生きたまま喰う方が美味いに決まっている」
次の日、俺は部長に辞表を叩きつけた。