第34期 #8
「はぁ、龍に逢いてぇなぁ...」
アキオは格子のはまった窓から庭を眺めて、この二、三日ろくにものも喰わず、ずっとそうしているのでした。
「どうしたものかね?アキオちゃん。なんで龍なんかに会いたいかね?」
祖母がしゃがれた声で聞きました。
「だって、龍ってカッコいいじゃぁないかぁ!おらを背中に乗せて飛んでくれねぇかなぁ...」
「そんなこと言ったって龍なんていねぇだよ。機織り部屋からおっかさん呼んできいや。飯にすんべ。」
「おら、飯はいらねぇ。」
「はぁ?」
いつも‘飯’と聞いたら、だれより先にすっ飛んで来るアキオから、最も遠いと思われる言葉に祖母は思わず耳を疑いました。
「きっとおらが重いから、龍は来てくんねぇんだべ。おらぁ痩せて軽くなるまで飯をくわねぇぞ!」
アキオは格子を握り締めて叫び、今度は祖母が深い溜め息をつきました。
「なぁ、なぁ、ギョクよ。知ってるかい?」
酒の神さまは、そこに無造作に横たわっている龍に向かって言いました。
「なんです?」
ギョクと呼ばれた龍はぬっと首を持ち上げて酒の神さまの方を向きました。
「下界にゃあ、お前さんに逢いたくて、三日も食を絶っとる小僧がおるようじゃあないか。家の者はいつか諦めると思っとるらしいが、あの小僧の決意は固いぞい。死んじまうかもしれねぇ。」
「お、おれに何をしろと!?」
酒の神さまの笑みに、嫌な含みを感じてギョクは言いました。
「乗せてあげて満足させてやりなさい」
「そんな坊主のためにですか!?」
ギョクは思わず叫びました。
「行かぬならば、お主の来年の麦酒はなし、じゃな。」
ギョクは酒が飲めなくなるのは上手くないと内心嘆き、一声甲高く鳴くと、喉をポコポコ鳴らして下界に降りていきました。
アキオが食を絶ってから五日が立ちます。流石のアキオも足元がふらついてきました。
いつものように格子にすがっていると、遠くから何かが飛んで来ます。
始めは鳥かと思いました。しかし、だんだんと大きくなる裂けた真っ赤な口。
気付けば格子の向こうに大きく黄色い血走った目の龍がいました。
鼻息は熱く肌が焦げるようです。
「うわぁ!!龍だ!」
アキオはあっけなく逃げ出しました。
竜はきょとんとして少年の背中を眺めました。
少年は母の機織り部屋に駆け込みました。
ギョクは仕方なく背中を丸め天に帰りました。
「おれってばそんなに恐いのか?」
その後暫く、ギョクは酒樽に映る自らの姿を見つめて唸る日々が続きました。