第34期 #6

俺の幸せ

彼女を好きにならなければ、こんな深い悲しみは味わわずにすんだだろうか。
あの日彼女を離していなければ彼女を失うこともなかっただろう。


俺はただただ、変わり果てた彼女の前で涙を流す。
周りには俺を同情の目で見つめる人達。やめてくれよ。
そんな目で見るな。
彼女はもう居ないけど俺達は幸せだったんだ。

最近世間を賑わせている“通り魔”・・・・・・・・アイツが犯人だ。
誰もがそう思っている。警察も、マスコミも俺も。
何故なら犯行が毎回同じなのだ。
今までの10人の被害者の女性と同じように胸元をバサリと切られているのだ。
彼女の白く美しかった肌は血が固まってこびりついて、茶ぐろくなっていた。
彼女のお気に入りだった白のキャミソールも血の色に染まり、白い部分はほとんどなかった。

ただ立ち尽くす俺に在りし日の彼女が笑いかけている。
「好きよ。」
と笑いかけている。
泣き崩れる俺を警察官がひっぱり起こす。
「さぁ、もう行きましょう。気は済みましたか?」
と・・・・・・

首を横に降ると困った顔をした。


彼女を好きにならなければこんなにも辛い思いはしなくてすんだだろうか?
全てを知らずにいたら憎むこともなく‘幸せ’でいられただろうか。



彼女が全て悪いんだ。
「さぁ、立って。」
警察官が俺を引き上げる。先程とは比べものにならないほどの力で。


彼女が悪い・・・・・・彼女だけじゃない俺を裏切った全ての女・・・・・・憎い…許さない…
許せないから、殺したんだ。一番好きだった真っ白な陽に焼けていない胸を切り裂いてやったのだ。

手首にはガシャリと揺れる銀色をした冷たい手錠。
‘彼女’には青いビニールシートがかけられて俺達は本当に最後のお別れをした。

君が俺を裏切らなければ、こんなことにはならなかったんだよ。
次に俺を好きだという女が現れたら、真っ先に閉じ込めようと思う。
俺がこれから入るであろう監獄に似た狭い部屋に閉じ込めよう。そして離さなければいいんだ。身ぐるみも全部剥いで、辱めて、他の男のところなんていけないように。
ゾクゾクする・・・・・・

そう考えてうっすらと笑みを浮かべる俺に誰かが、
「人殺し」
と叫んだ・・・・・。



Copyright © 2005 乙津 遥 / 編集: 短編