第34期 #5
廣野。夏至の夜明け。
さてもマツリの始まりだ。土と岩に覆われるばかりの無彩色の廣野にも、十年に一度、この日ばかりは鮮やかな色が蘇る。
見よ見よ。
金糸銀紐に飾られて、婚礼衣装に身を包んだ嫁たちの雌鬼馬、婿たちの牡鬼馬が整然と並びくる。この日の為にだけ用意された衣装は、高価な染料で染め上げた上等な布地を惜しげもなく使い、赤、橙、黄、青、緑、藍、紫、嫁たちのひとりひとり、婿たちのひとりひとりを、色とりどりに包みこむ。嫁たちは、婿たちは、騎乗のまま列をなして向き合う。
「ご祖先よ。廣野の生霊よ。最上界の神々よ。此度の婚礼、我等が民に子等をもたらす豊穣なるマツリを祝福せん。此度の婚礼に異議のありし者はおらんか」 「異議なし異議なし。我等鬼馬騎りの民、我等の子等と鬼馬の子等の為、十年に一度の婚礼の儀を執り行わん」
土色の衣に身を包み、やせ細った廣野の生霊の長老の問いに、嫁たちの声、婿たちの声が重なる。唱和が終わるか終わらないかのうちに、嫁たちの雌鬼馬、婿たちの牡鬼馬は、緩められた手綱に身を任せ、獰猛に嘶きながら対面する異性へと突進する。この日ばかりは枷を外され、鋭利な牙をむき出しにして、生殖の相手を組み伏せようとし、競合する同性と激しく争う。振り落とされた嫁たちも婿たちも、地に這い土煙にまみれ鬼馬たちに蹴飛ばされながらも、己が望む相手を求めて遮二無二奔走する。嫁たちも、婿たちも、嫁たちの雌鬼馬も、婿たちの牡鬼馬も、当然のことながら無事で済むはずもなく、日が落ち婚礼の儀が終わる頃には、大半の者が絶命している。残る生者も、大半は虫の息といった有様で、日が落ちるとともにどこからともなく現れた土色の廣野の生霊たちに手当を受け介抱される。
この廣野、ただ「生きる」という行為が最も難しい。汝等の勝ちだ。生き残った汝等の子等は、強い子等であろう。
十月十日たち、子等産まれる。嫁たちも、婿たちも、嫁たちの雌鬼馬も、婿たちの牡鬼馬も、子宮を焼き生殖器を切る。以降は廣野の生霊として、子等を育みつつ、生きる。 多くの子等を引き連れて廣野の生霊たちが行く。行き先は知れず。確かなことはただ一つ。
彼等の子等は鬼馬騎り。