第34期 #22

恋愛欠乏症

 まばたきが多い人は異性から好まれないらしい。(1)単純な動作の反復は相手に落ち着きの無い印象を与える。(2)瞳と瞳による情報豊かなコミュニケーションが寸断されると相手は不安になる。ゆえにまばたきの多い人は恋愛に縁遠くなるのだという。本当かどうかは知らない。俺は同じバイトのKさんからこの話を聞いた。
 蕎麦を茹でている最中、ふと俺はそんなことを思い出していた。一人暮らしのアパートの台所で手が暇になると、それが五秒でも十秒でも、なぜか余計な事を考える。五月なのに夜は寒い。俺は居酒屋のバイトを終え、先程帰宅したばかり。小腹が空いていたのでとりあえず好物の蕎麦を茹でていた。「まばたき」の話を思い出したのは、Kさんが今日のバイトを休んだからだろう。風邪をひいたという連絡だった。
 蕎麦をざるに挙げ、ばっ、と切ると湯玉が蛍光灯で輝く。その湯玉が今度はシンクを打って騒がしい。湯気を纏った蕎麦を丼に放り込み、だしの火を止める。掛け蕎麦ではあまりにも寂しいことに気付き、思い立って実家から送られてきた舞茸を油で軽く炒めて麺の上に乗せた。薬味に真っ白な長葱を鋏で切って散らし、つんとした香りで仕上げる。
 Kさんは大学進学で上京して、一人暮らししている。寂しがり屋でよく電話が掛かってきて、でも純朴で真面目で、それから目がとても大きい。だからKさんは、「まばたき」すると他の人より不安感を与えてしまうと心配して、話す時には瞼を閉じないよう頑張っていた。
「でもコンタクトだからすぐ眼が乾きます」
「Kさんて一緒にいて飽きないよね」俺は笑う。
 蕎麦は美味かった。舞茸の房の間に味が染み込み、噛む度にじわりと旨味が口に広がった。
 食ったらすぐベッドに潜り込む。Kさんは、ドライアイを恐れずまばたきを我慢したおかげか、この前恋人ができた。俺はからかいながらどんな男か聞いて、悪い男じゃないと分かると、唐突に話を打ち切った。Kさんを遊びにも誘わなかったし、まさか二十六歳で二〇歳の女の子に告白する訳にもいかない。軽い失恋なのかもしれない。考えているうち、いつか眠った。
 翌朝、俺は目玉焼きを焼いた。黄身が、ちょうど桃色に染まる加減に焼く。この桃色の黄身を潰さないようにして毎朝食べると、恋が成就するらしい。これもKさんから聞いた。本当かどうかは知らない。が、たぶん本当なのだろう。なにしろ、Kさんだって叶ったんだし。


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