第34期 #21

瞬く、刹那知る者

 女は石室に閉じこもっていた。
 無表情な石で四方を囲み、鬱々と毎日を過ごしていた。
 石室の向こうで囀る小鳥の声を聞き、女は外の世界を想い、嘆息する。
 生命の息吹き、肉体が躍動する世界。
 女は日々、従者から伝え聞くその世界に憧れ、一目だけでも見れないものかと、悶々としていた。
 従者を見ることもできない、声のみを頼りにする生活。従者がどのような格好をしているのかさえ、知らない生活。
 女は無表情な石壁を見つめる。
 そのせいか、女の顔も無表情にみえる。
 もちろん、誰も気づかない。
 天蓋のついた硬い寝具に身を横たえ、夢の中で人や獣と戯れようとするが、見知らぬものを夢想することはできなかった。ただ、灰色の夢に、女はうなされた。深いため息が、自然と漏れ出す……。
 忍びよる気配に気づき、女は目を覚ました。警戒し、慎重に歩を進める様子が、石室の空気でわかる。女は考えた。振り向き、その姿を確認するべきだろうか?しかし、この慎重な気配が従者のものであれば、ひどく気の毒な結果になる。女はこれまでに、三度の間違いを犯し、気のいい従者たちを帰らぬ人にしてしまっている。
 女は思案し、大袈裟に寝返りをうってみた。しかし、気配は立ち去ろうとしなかった。身動きをやめ、様子をうかがっている。
 なんだか薄気味が悪い。四人目の犠牲者をだすのは憚られたが、女は固く閉じていた瞳を、少しだけ開いた。
 背を向けた青年がいる。
 肩幅のあるがっちりとした背に、隆々とした筋肉が緊張していた。ひそめた息のわずかな呼吸にあわせて、その力強い体躯が律動している。右手には湾曲した刀が握られ、左手には鏡のように磨かれた盾を持っていた。盾には青年の凛々しい横顔が、はっきりと映っていた。
 女は堪えきれず目を開き、声を漏らした。
「なんて、きれいなの……」
 だが、青年にその想いは届かなかった。女の声に反応したときには、曲刀が女の首を刎ねていた。
「気が触れたか! メデューサ!」
 青年――ペルセウスは、その一言だけを吐き捨て、女の髪を掴むと、腰の皮袋に首をしまいこんだ。

 メデューサの首は、決して恐怖で引きつったような表情をしていない。むしろ、積年望んでいた見知らぬ国へ訪れたような喜びと、好奇の表情に満ち、活き活きとした状態で硬直している。

 しかし、そのことを知る者は、空を支える大神アトラスと、アンドロメダを食い損ねた、名もなき海獣のみである。



Copyright © 2005 八海宵一 / 編集: 短編