第34期 #18

R

 Rの字は壁に寄りかかった待ちぼうけのようで、今の私にも似ていた。
 外は雨で、財布はすかすか、じっと電話を待っていた。
 用事があるわけでもないし、特別聞きたい声でもない。ただ昨日、明日電話していいかな、と聞かれて、いいとも、と言ったから、かかってくることにはなっているのだ。
 液晶ディスプレイを灯りのようにぼんやりと見つめて、キーボードにだらんと指を垂らして、それでも右半身は携帯電話を意識したまま、私はRについて考えた。
 Rは、理由もなく派手な帽子が良く似合うような雰囲気のある人で、しかし自己主張することを好まずに、時にはただ成り行きに身を任せているだけのように見えることもあった。何もしないでも目立つ、やはりどこか変わった感じの人だ。
 そんな彼女を雨の中、地下鉄の入り口前に見つけたときには驚いた。疲れ果てたような、どこか寂しげな顔。雨の向こうにいたせいでそう見えたところもあったかもしれないが、それでも、そんな生活感のある表情を彼女の顔で見ることになるなんて、思いもかけなかった。
 気付かないふりもできたし、わかっていながら素通りできないほど親密でもなかったが、私はごく自然な風を装って、その実興味津々で声をかけた。
 誰か待っているの。ううん、なんでもない。馬鹿に大きくて真っ黒な傘を両手で持って、彼女はいつも通りに微笑んだのだが、それから付け加えるように私に電話の予約を入れたその口ぶりが普通の人のように堅苦しくて、私はまた驚いた。
 階段を下りて振り返ると、彼女はまだそこにいた。傘の中にすっぽりと収まって、元々大柄な人ではないのも手伝ってか、とても小さく見えた。
 それから二十四時間が経った。
 食べかけのスナック菓子。飲みかけの缶コーヒー。読みかけの雑誌。書きかけの小説。落ち着かなさがまき散らされた部屋の中、唯一ポスターの映画俳優だけが冷静な顔をしていた。彼はここに来て以来ずっとそうしていたが、それが私を慰めてくれるわけでもなければ熱を冷ましてくれるわけでもないことにはもうだいぶ前から感付いていた。
 左の中指でそっとRの頭を撫でてやっても、視界の隅には携帯が居座ったままだ。



Copyright © 2005 戦場ガ原蛇足ノ助 / 編集: 短編