第34期 #17

逃げる論考

 猫は「短編」なんて見ないと思うんで、うんと気兼ねなくいきますね。最近、僕の部屋には野良猫が出没します。今宵、パソコンに向かおうと自部屋のドアを開けたら早速、白い物体が机の上を右往左往していたので、僕は最初気がついてないフリをしていたんです。そしたらよせばいいのに、最終的に、目測を誤った位置に着地してしまったんでしょう。積み上げてあったマイCDの山を蹴散らしてドシャーン! 
 開いていた窓から出て行きました。
 残念なことに、この部屋の窓は立て付けが悪く、なにをどうやってもロックがかけられません。ですから、僕がうんと本腰を入れて「猫対策」に乗り出さない限り、野良猫はすっかり味をしめて、これからも僕のいない間に部屋にやってくることでしょう。
 そのことは別にいいんです。部屋にションベンでもされない限り、僕はコンゴもザイールも、君の立ち入りは許可します。
 で、僕が哲学的に考えてしまったのは、「逃げる」という行為についてでした。かの白猫は部屋の電気がつくや否や、それこそ電光石火のごとく逃げていってしまいました。「逃げる」とは何か。早速辞書を引いてみました。


にげる【逃げる・遁げる】①のがれ去る。②責任を避ける。③正しい位置からそれる。④競技で、追いつかれないで勝つ。


 どうやら辞書に頼ったのが間違いだったみたいです。多分、「のがれる」を引いたら、きっと「にげる」とあるに違いありません。大方辞書というものは、こういったたらい回し的な「相互リンク」がなされておるわけで、ここに、「逃げる」なんて言葉をわざわざ字引きで調べるやつはおらんじゃろう、という、その道の大家であられまする、「編纂者」どもの職務怠慢が見られるわけなんです。
 まあいいです。少なくとも、上記の説明には、さっきの白い猫の「逃げる」を言いえたモノは見つかりません。なぜならかの猫は、「責任を避けた」わけでもなく、「正しい位置からそれた」のでもなければ、「競技で、追いつかれないで勝った」わけでもないからです。しいて言えば、Bの真逆でしょう。被告は、「間違った位置から、(本来のねぐらである)正しい位置に戻った」ワケですから。
 まあ、これについては後日、猫本人に聞いてみます。彼(オスと推定)にしてみたら、「俺はあのとき『逃げた』んじゃねえ」とか、言い分があるのかもしれませんからね。ところで皆さん、猫語の辞書とかって、持ってます、か?



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