第34期 #16

水無月怪獣顛末記

 今にも降り出しそうなどんよりした空。当たり前だ。ついさっきまで降ってたんだから。「また降り出さないうちに早く帰りましょう」って、帰りの会で田村先生も言ってた。
 僕だって本当は早く帰りたかった。
「やっぱり無理だよ、弘」
「まだわかんないだろ」
 弘は水を吸った重い砂を積み上げていた。僕はせっせと砂をバケツにくんで弘に渡す。砂山はもうだいぶ大きくて、弘はうんせと目の高さまでバケツを上げなきゃならない。
 僕らの足元で、宮原がひらひらの長いスカートを汚しながら、細い指で熱心に黒い砂を集めている。
 雲の灰色が濃くなってきて、おでこに冷たいものが当った気がした。
「潤、ジャンバー貸して」
 弘は僕の上着を宮原に渡した。
「これ着ろよ。風邪ひくから」
 宮原が僕を見る。僕はうなずくしかない。
 弘は胴体を作り終えて首に取りかかった。宮原が小さな手で支える。
 けれど何度作ってもがさりと崩れてしまう。
 もう先生が見回りに来る時間だ。薄い唇をぎゅっと噛む宮原。赤くなった指がそれでも休まず砂を掬っていた。
「代わって」
 僕は弘を押しのけた。長い棒を骨にして砂を固めると、ようやく首が長く伸びた。でも肝心の顔の部分が難しい。何かないか。僕は足元を必死に探した。
「おうい。そこでまだ遊んでるのは誰ですか」
 やばいぞ、とこっちを見る弘。僕は棒の先にかぶせた物の上に一気に砂を塗り固めて顔の形を作った。
「弘君、こんな天気の日まで砂遊びしなくてもいいのに」
 仕方ないな、って感じで駆け寄ってきたのは田村先生だ。でも宮原を見つけた瞬間に表情が急に険しくなる。
「君達、宮原さんは明日入院だって言っただろう」
 先生に睨まれて僕は弘を振り返った。
「ねえ、先生見て! 私一度こんな風にしてみたかったの!」
 不恰好な砂の怪獣に乗った宮原が手を振った。青白い顔も細っこい手足も、僕が貸した上着も砂まみれだ。怪獣は思ったより小さくて、田村先生の胸までしかなかった。けれど、体の小さい宮原が乗ると怪獣の子どもくらいには見えた。
「おーっ、宮原すげーぞ。センセ、ケータイ貸して、早く」
 弘は先生のズボンのポケットに手を突っ込んだ。もみ合いの末、結局先生がケータイを構えて僕たち三人を撮った。
 弘と二人で宮原を送った帰り道で、怪獣の頭がい骨になった靴の代わりに先生の貸してくれた靴はちょっと大きくて、がっぽがっぽと軽やかな音を立てて僕を家まで運んでくれた。



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