第34期 #14

魔王

 町の中心の広場に、人だかりができていた。その中心にいるのは、一人の男であった。
「魔王? お伽噺の話かい?」周りの男の一人が揶揄するように、そう聞く。
「そうじゃない。……、いや。そうかも知れない。伝説やお伽噺に残る魔王。それは全て、奴の事なのかも」男は否定しかけ、目を瞑って思案に沈んだ。
 その男の姿を周りの人間は、見世物でも見るかのように見つめていた。
「私はここからずっと南の方角にある、小さな国に住んでいた」と、男が語り始めた。
「南の小国ねぇ。最近、大地震で、滅んだ国も南の小さな国だったな」男の話を聞きながら、そんな噂話に興じる者いる。が、気にせず、男は語り続けた。
「ある日、一人の男が王宮に現れて、王族達の前でこう言った。『私は魔王だ』と。当然、みな、馬鹿馬鹿しい冗談だと笑った。だが、次の瞬間、笑い声は地面を割る轟音に掻き消された」
「まさか」そう、噂話をしていた者が、小さく驚きの声を上げる。
「そうだ。その地震は魔王と名乗る男が引き起こした物。小国とは言え、一つの国がその男一人に滅ぼされたんだ」
「待った。なぜ、その男が引き起こした物だとわかる?」と、疑問の声がかかる。
「恐らくは、魔王はこう考えたのだろう。この世に姿を現さない内に、魔王と言う名が絵空事に考えられている、と。そして、魔王はある事を思いついた」男は答えず、ただ言葉を紡ぐ。
「ある事?」
「魔王はその時に死んだ魂全てを呼び出し、こう告げた。『我が恐怖を知らしめる、導となれ』」
 その瞬間、男の下半身が音も無くひしゃげたかと思うと、男は血を吐いた。だが、その血は地面に降りかからず、瞬時に消え失せた。
 その瞬間、人々は何が起きたのか理解できなかった。ただ、下半身の支えを失った男が目の前にいるのを、黙って見守るだけであった。
「だ、大丈夫か?」と、一人の男が駆け寄る。
「気にしなくても良い。私はもう、死んでいるのだからな。それに……」そう答え、男は不気味な、そして、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それ……、に?」その笑みに薄ら寒い物を感じつつ、続きを促す。
「すぐに、あんたも恐怖を伝える、私のお仲間になるさ」男がそう言うと同時に、人々は地面が揺らぐのを感じた。



Copyright © 2005 神崎 隼 / 編集: 短編