第34期 #11
あの人は二回りも小さくなっていた。黒衣ではなく、淡い小花模様の作務衣姿だ。纏めて櫛を着けていた髪は短髪になっている。
「四ヶ月前に息子は亡くなりました。先生はご存じでいらっしゃったのでは?」
和歌子は声を抑えて言った。
「そうですか。ああ、亡くなりましたか」
あの人はそこまで言うと、後の言葉を続けなかった。和歌子は、前屈みの姿を見ながら所詮人間なのだと思った。
「私は御仏にお仕えし神通力があります。二百まで生きますよ」とあの頃言っていた。
「先生、お幾つになられましたか」
「八十四歳になりましたよ」
あの人は和歌子に微笑んだ。二十年もの間にすっかりあの頃の姿勢と威厳は崩れている。
「若住職はご結婚なさって?」
「それが、まだなのよ。四十になったのだけど。どなたかいい人おりませんか」
「檀家さんの中には良いお嬢さんいらっしゃるでしょう」
「それが、なかなかねぇ」
生活の全てに影響を受けていた頃には考えられないほど、和歌子はあの人と対等に向き合った。
「新しく立派にお堂も出来上がりましたよ。また、来て下さいよ」
あの人はそう言ってから、一口コーヒーを飲んで「おいしい」と小声で言った。
和歌子には、信者としての気持ちが既にないことを知ると、あの人は椅子から立ち上がった。二人のお供の女性が両脇から支えた。
中学生の上履きのような運動靴を履いて、ツツ、ツツと歩いた。
和歌子は、身障者の息子と、百日祈願参りをした昔を思い出していた。
あの人が振り返って言った。
「若住職の結婚運はどうかしら? あなたの家はもうお孫さんもいるようだし。相談に乗ってくれませんか」
冗談を言っている雰囲気ではない。神懸かりの発言をしていた同じ人間の言うこととは理解しがたい。
――御仏のお力で、息子さんを起き上がって歩くまでに治して上げますよ。と言った先生を、信じたのは間違いでしたね。
と、和歌子は言いたかったが、目前の老婆に哀れさえ感じた。
「お寺にお嫁さんを貰わないうちは、あの世へも行かれませんのよ、ね」
あの人は、お供の女性達に同意を求めるように言ったが、二人とも無言で目を逸らした。
――先生、後百十六年生きるんでしょ。まぁだまだ元気でいらっしゃらないと。
和歌子は皮肉を飲み込んだ。
「宜しかったらここへご相談なさったら」
和歌子は、仲人協会々員の友達の名刺を見せた。あの人は細字が見えたようだ。
「まぁ、早速電話を掛けてみるわ」