第34期 #1

野次馬

 消防士は、かたい防護服の中で、炎にせがまれぼっきする。
 はなれて野次馬は、静けさの中にいる。つめたい森の奥、あるいは大気圏外にしかない静けさに、男の在り処を忘れる。
 少女たちは、かわいている。
 どんなに水を飲んでもかわくから、少女たちは火打ち石をつかった。むかつく授業を抜け出し、ステーションビルディングの、とくべつ好きというわけではないけどいつもうろうろしている少女向けの(と大人たちがしかめ面して会議で決めた)店で、4人の少女は石を打った。
 試着室のカーテンをつたい、まもなく火は天井にとどいた。少女向けの洋服は、ぺらんぺらんとよく燃えた。炎にせがまれ、少女たちのからだは奥のほうから潤った。ずいぶん気持ちがさっぱりして、風呂あがりみたいに寝そべった。
 いくらサイレンを鳴らしても、スピーカーでがなっても、緊急車両は前に進めない。次の市長の任期に先送りされた駅前通りの再開発が、違法駐車が、放置自転車が、需要を見誤ったタクシーとバスの供給が、緊急車両をはばんだ。
 すり抜けて、野次馬は現場に着いた。外付けの非常階段を駆け上がり、防火扉を開けると、押し寄せてきたのは音、崩れる音、はぜる音、うなる音、なにより野次馬自身の中から湧き上がる轟音。はばむものなく音にせがまれ、男はもはや野次馬ではない。
 まっすぐ炎の中に進み、倒れている4人の女をまとめて抱き上げた。ひとりを胸に抱き、ひとりを背負い、両腕にふたりぶら下げた。潤った女の肌は、ぴったりと男のからだに吸いついた。
 防火扉の外に出て、5人は5月の新しい空気を吸った。みんなこんがり焼けていた。かきむしると、皮膚がべろんとむけた。むいた後に、生まれたての白い肌があらわれた。少女たちは面白そうに互いの皮膚をむいた。
「よう、おぢさんのもむいてあげようか」
 とひとり目の女が言った。
「やだ、おぢさん、ギンギンにたってるわ」
 とふたり目の女が言った。
「かわいそうなおぢさん、いたそう」
 と3人目の女が言った。
「じゃあまず、ここからむこうね」
 4人目の女が男のジッパーを下げ、包皮をむくと、ほかの3人がきゃっと笑った。
 非常階段の踊り場で、男は色も形も異なる4つの肉マンを突き刺した。強くと言われれば強く、やさしくと言われればやさしく、はやくと言われればはやく、もっとと言われればもっとたくさん、せがまれるままに炎をくぐり、野次馬はそういう男になった。



Copyright © 2005 桑袋弾次 / 編集: 短編