第33期 #7

樋口 藍

 ドアを開けるなり女は、熱い視線に射貫かれた。
「どうしたんですか」
 事務所には4人の男がいた。店長と主任、あとのふたりは見知らぬ顔だった。
「きょうは、20年にいちどの消防訓練だから」
 店長の言葉に、まわりの男たちはあいまいに頷いた。女はタイムカードを押し、白い首からマフラーを抜いた。
「店内で出火したという想定で避難誘導訓練を行う。きみは、お客様の役」
 本社の安全衛生部から来たという男は、そう言ってアタッシュケースを開けた。
「真剣に、リアルに、という主旨のもと、これに着替えてほしい」
 中には、セーラー服が入っていた。女が身を引いて困惑の表情を浮かべると、誰かがごくりと唾をのんだ。
「きみは入社したてだからなんにも知らないだろうが、当社では、かつて不幸な事件が起きた」
 本社の人事部の男が口を開いた。20年ほど前、ある店舗で火災が起き、逃げ遅れた4人の女子高生が大やけどを負ってお嫁に行けなくなってしまった。しかも店員が我先に逃げ出していたことが後になって発覚し、会社の信用は失墜した。
「でも、なんで20年にいちどなんですか」
 19歳の頬を紅くふくらまして女は抗った。
「費用対効果。われわれは営利組織であって村の消防団ではない」
「よくわかんないんですけど、それってけっきょく20年間いちども消防訓練をしてなかったってことじゃないですか」
 男たちは沈黙した。それについて誰も答えることができなかった。主任の男はそわそわと、山盛りになった灰皿を(いったいこの人たちは何時間前からここにいるのだろう)捨てに行ってしまった。
 耐えかねて、店長が女の前にひれ伏した。
「すまん、このとおりだ。今日のところは私の顔に免じて言うとおりにしてくれんか。おれたち、セーラー服じゃなきゃだめなんだ」
 他の男たちも土下座した。女は驚いたが、そんなに悪い気はしなかった。
「火事だっ」
 待ちきれず、誰かが叫んだ。まだ試着室の中にいた女は、慌ててセーラー服のスカートを上げた。サイズはぴったりだった。
「お客様、はやくこちらへ」
 言いながら、血走った男がスカートをめくる。
 悲鳴を上げるよりも先に、見られた尻肉が薄い布地の中できゅっとちぢこまる。
「いいよ藍ちゃん、すごくリアルだ」
 かわるがわる男が来てスカートをめくる。ふとももに挟まれたお肉がもりっとしてて最高。めくるだけで触らないのがお約束。今日は全店一斉スカートめくりの日。



Copyright © 2005 桑袋弾次 / 編集: 短編