第33期 #10

砂上の少年

 団地の小さな砂場。
 翔太は無邪気に笑い、トンネルを掘っていた。表面の乾いた砂に膝をつきながら、少し湿ったところまで掘り進んでいく。指先を集中させ、ロケット花火の残骸をとりのぞき、トンネルの側面を固めながら、二の腕まで掘ったトンネルの先に行こうと、小さな中指と薬指を上下に動かす。深く掘り進んだトンネルは先に進むほど冷たく固く、指先から体温を奪っていく。
「どこまで掘れた?」
 翔太が顔をあげると、鼻先に砂をつけた茜が首をふる。
「わかんない。つながらないの?」
「待って、ズレてる」
 茜の掘り具合を見ながら、翔太は掘る先を左に変えた。
 うすい砂の壁が崩れ、冷たい茜の指に、翔太の指が触れた。砂をボロボロ崩しながら、くすぐると茜はいたずらっぽく、微笑んだ。
 冷たい指先が、少し温かくなる。
 ふたりは頬を紅潮させ、別のトンネルを掘りはじめた。
 いくつもの穴をつなげ、広がる地下帝国にふたりは夢中になった…。

 茜が帰っても、翔太はひとり砂場にいた。
 白い砂を集め、山のうえにふりかけている。細かな砂がキラキラ光り、山肌にさらさらと落ちていく。小さな握りこぶしから落ちる砂を、翔太は静かに見ていた。
「おい、翔太」
 ふりむくと同じ幼稚園の一哉が、補助輪の自転車に跨ったまま、ニヤニヤと笑っていた。
「おまえ、さっき茜と遊んでただろ」
「うん」
 翔太が頷くと、一哉は甲高い声で笑った。
「うえー。女と遊んでやんのー」
 翔太は顔を真っ赤にし、白い砂を握りしめた。
「スケベのオトコオンナ、女ったらしー。明日、幼稚園で言ってやろー」
「うるさいな! あっち行け!」
 翔太は紅潮した顔をあげ、口を尖らせた。
「うへー。ヒステリーだ、オトコオンナの翔太ちゃん!」
 一哉が、甲高い声で笑うと、翔太は立ち上がり、握り締めていた砂を投げつけた。
「うるさいんだよ!」
 興奮した翔太はトンネルを執拗に踏みつぶし、からかう一哉に砂を投げ続けた。自転車に細かな砂の当たる音がし、一哉は口から砂を吐き出しながら、自転車から飛び降り翔太に飛び掛った。
 シャツの中に砂が入り、靴の中がザリザリした。

 翔太は、なにもない砂場のうえで、目をゴシゴシと擦った。はやく涙のあとが消えるように、一生懸命擦り、目のまわりを真っ赤にした。
 鼻をすすり、少しむせる。
 暮れかけた砂場は、いつのまにか冷たかった。
 翔太は家に帰る時間になっても帰らずに、トンネルを掘り直した。



Copyright © 2005 八海宵一 / 編集: 短編