第32期 #5
人が消え去った世界に、鴉たちは生きていた。
木々のない、すすけた廃墟にねぐらを作り、かつて栄えた文明のかすかな恩恵を受けながら、力なく空に伸びるコンクリートに爪を立て、鋭い目で世界を見下ろす。
数千羽の黒い鳥はただ鳴き、虚空を舞っていた。巣には卵がひしめき、ひいひい鳴く雛は満足な餌をもらうことができずに、飢えていた。
親鴉は雛の声を聞き、虚しく空を舞う。だが、餌は見つからない。舗装されたアスファルトに嘴を突き立てたところで、得られるのは痛みだけだった。だから、ひび割れたアスファルト道の隙間から、這い出る虫たちを待ちわびる。
鴉たちは、わずかな隙間に眼を光らせる。嘴で新たな隙間を作るものもいたが、効果は上がらなかった。なぜなら街中に棲む虫を見つけたとしても、鴉たちの飢えを満たすことはできないからだ。
空腹ゆえの絶叫が、ねじれたビル街にこだまする。
そして、ただ時が過ぎ、鴉は老いる。
老いた鴉は時を知り、重い空を見て覚悟する。
何度目かの黎明に、老いた鴉の群れは羽ばたき、街から飛び立つ。
灰色の空と、煤けた地表が作る曖昧な地平線は、老いた鴉に不安をあたえた。しかし、彼らは飛ぶのをやめず、むしろ、強く羽ばたいた。
荒れ果て、崩れ落ちた幹線道路に沿い、群れは長い旅をする。気の遠くなる旅。夜なお飛び続け、空の果てにむかってゆく。
数週間後、群れがたどりついたのは、別の街だった。
そこでも、鴉は群れをなしていた。老いた鴉が旅立った街と同じ光景。
若い鴉たちは、色褪せた黒羽を、神経質にむしり、血走った眼で、よそ者を眺めていた。老いた鴉の群れは街には入らず、少し手前で、羽を休めた。憔悴し、立つこともできずに、うずくまったままだった。
虚空を舞っていた一羽の若い鴉は、しばらく眺めていたが、やがて、老いた鴉の群れに降り立つと、血に飢えたクチバシで、うずくまる黒い肉をついばんだ。
野太い声が一度だけ、虚空に響いた。
それを皮切りに、街の鴉がいっせいに、群がった。
飢えに苦しむ鴉たちは、同族の身を食うしかなかった。そして、その役目を老いた鴉は引き受けた。
だが、ただ食われるには抵抗があった。だから、老いた鴉は自ら、抵抗する力をそぎ落とすため、幾千里はなれた街へ飛びたつのだった。
飢えた鴉たちは、ついばみながら、そのことを、やがて知る。
だから夜毎、鴉の群れは行き交っていた。