第32期 #2

白い4人の女

 白いキャデラックが、車庫入れをしようとして、となりの車にぶつかった。
 小説家を背中にのせ、這いつくばって地下駐車場の床をにじり進んでいた男は、それを見て、
「ばかだなあ」と言った。
 なめらかに、キャデラックの4つの窓はすべて開き、真っ白に塗った4人の女が顔を出して男をにらんだ。
「重い」
 男はそう言って目をそらした。ついでに小説家を振り落としてしまいたかったが、ぴったりとからだを寄せて離れない。
「だれが、ばかだって?」
 運転席の女が言った。胸のふくらみの谷間まで、すっかり白く塗ってあるので、やたらと首が長く見えた。
「いそがなくちゃ」
 駐車場の上のステーションビルディングで、20年にいちどの大がかりな消防訓練が行われる。そこで、小説家は式辞を述べることになっていた。
「そう、10時きっかりに」と小説家は言った。役人から渡されていた原稿は、徹夜でなんども書きなおした。「空が白みかけるころ、それはようやく詩になった」
 ぶつけられた方の車はへこんでいるのに、キャデラックには擦り傷ひとつなかった。4人の女は車を降り、慣れた手つきでワックスをかけながら、そのことを念入りに確かめた。腰をかがめたり、しゃがんだりするたびに、白いビニール製のジャケットの下から、同じ素材のショーツが見えた。
「いっしょにドライブに行かないか。ぼくたちきっと、いい友達になれると思うんだ」と小説家は声を張り上げた。
 式辞はどうすんだよ、そんなの君が代わりにやればいいじゃないか。駐車場の床はつるつる冷たくて、男の下腹は、だんだん変なふうになってきた。
「ドライブだなんて、けっきょくからだに触ろうとするんでしょう」とひとり目の女が言った。
「からだに触りながら、ながながとうんちくを垂れるでしょう」とふたり目の女が言った。
「それを小説に書くでしょう、都合のいいところだけ切り取って」と3人目の女が言った。
「まっぴらごめんだわ」
 4人目の女が言うと、他の3人が声をそろえてきゃっと笑った。
 男は、女たちの白い脚をながめた。小説家を背中にのせるくらいなら、あの白いブーツのかかとで踏まれてみたい。こめかみあたりをぎゅっとやられたら、おれもうどうにかなっちゃうかも。



Copyright © 2005 桑袋弾次 / 編集: 短編