第32期 #1

あらそいのあとで

その先にはきっと、なにもない。世界はほこりっぽい風と絶望的に真っ暗な空に支配されている。僕の目の前は、いつだって崩れた瓦礫でいっぱいだ。掘り分けて前にすすむしかない、でもこっちには道具が無い。コンクリートのかたまりや有刺鉄線や鉄板や、そんなものを掻き分ける手は傷だらけで、ところどころ血がにじんでた。道なき道を進もう、他の人がとおりやすいように道をつくろう、なんて昔の偉人が言っていたらしいけど、そいつはおそらく実際に目の前の障害を乗り越えたことがないにちがいない。こんな状況で他人のことなんか考えていられやしないのに。
ふわり、白く軽やかに踊る羽根。お先はまっくらなのに、それだけが目の前で白くかがやいてきれいで、ぼくががむしゃらに前に進んでいたのはきっとそれを捕まえたかったからだ。ひとひらの羽根は風にたやすく舞い散って、ぼくをさそうように遠くへ飛んでく。そうだ、わかってた。あれは天使の羽根なんだ。この機械仕掛けの街で、くずれさった建物の間で、ふわりふわりと踊る羽根。羽根の持ち主は、ひととひととの争いを、戒めもすくいもせずにただ見てるだけなんだ、それしかできないんだ。そうして、すべてが終わった後で、こうやってほんの少し希望を落としていくにちがいない。天使は絶対に人前にはすがたを見せないから。
コンクリートの破片で傷ついた手を、伸ばす。せいいっぱい伸ばす。ありったけ伸ばす。
わかってる。羽根は白く、ほとんど発光しながら、気がつけば街中にふり出すだろう。髪に肩に手の甲に、ゆれる天使の白い羽根。がむしゃらに歩いて、つめたい水を飲んで、そうしていればきっと、瓦礫の間に白い花が咲くだろう。


Copyright © 2005 瑞葉 / 編集: 短編