第32期 #18

「アッ、雨だ」
 見上げた顔に、大粒の滴が落ちてくる。
 こんなときにかぎってまったく……
 彼女は、空を見上たまま舌打ちした。
 最近の天気予報は当てにならない。
 とはいえこのままでは風邪を引いてしまう。
 素早く周りを見回す彼女の目に、無人駅が止まった。
 取りあえずあの無人駅で雨宿り。
 彼女は猛然と二百メートルダッシュを開始した。
「あ〜あ、濡れちゃった」
 今日は一日ついてない。
 朝は寝坊して遅刻しそうになるし、テストの点は最悪だし、極めつけはあのセンパイに彼女がいたなんて……思い出しただけで、腹立たしいやら落ち込むやらである。
「今日は最悪だわ」
 つい愚痴が口に出る。
「そうでもないよ」
 不意に後ろから男の声が聞こえてくる。
 えっ、誰?。
 思わず振り返ると、見知らぬ男が微笑みながら立っていた。
 男は、彼女の戸惑ったような視線を受けながら話しかけてくる。
「だって朝寝坊は、それだけゆっくり身体を休ませたと言うことだし、テストの方は早めに問題点が分かったのだから、これからゆっくり対処すればいいし、先輩の方は……これで趣味が分かったのだから、これからの努力次第と言うことで。ねっ、こう考えるとそんなに悪いことでもないだろ?」
 そうかな? 何となく誤魔化されているような気が……ってゆーか何、この人。初対面なのにいきなりこんなこと言うか?
 彼女の疑念に満ちた視線を受けて、男はあわてて言葉を継ぎ足す。
「そんなこと無いって。それよりほら、綺麗な虹が出てるよ。」
 男の指さす方向には、鮮やかな虹がアーチを描いていた。
 あっ、ホントだ! そういえば私、小さい時は、雨上がりの虹を見るのが好きだったな。 いつから空を見なくなったんだろう。
 ともあれ久しぶりに虹を見た御陰で、なんだか少しだけ楽になった気がする。彼女は感謝の言葉を伝えるために振り返った。
「ねえ、」ってあれ――消えた。
慌てて辺りを見回すと、反対側の出口から去っていく男の後ろ姿が見えた。  
それにしてもどうしてあの人に私の考えていることが分かったのだろう? 
その疑問を胸に、彼女は帰途についた
              FIN


Copyright © 2005 無明行人 / 編集: 短編