第32期 #14

あのころ

 学校は名を変えた刑務所に違いありません。私が小学校五年生の時です。学校で肉マン大食い大会が行われました。開会の理由は、校長先生が賞味期限まぎわの肉マンを友人から大量に安価で購入して、その処理に困ったため。それが校内でまことしやかに囁かれていた噂でした。
 肉マン大会は授業終了後の、帰りの会の時間に実施されました。各教室に四台もの卓上コンロとせいろが準備され、一斉に肉マンを蒸かすのです。四台のせいろから勢いよく噴き出される蒸気と臭気はあれよと教室全体に行き渡り、充満し、まさしく筆舌に尽くしがたく、まず、私はこれに我慢が利きません。むっ、と鼻腔の奥の粘膜を強く鋭く刺激する食べ物独特の臭気。教室の窓はおろか、眼鏡のご学友たちのレンズをたやすく曇らせる大量の蒸気。私がそれらに包まれる時、きっと刑台の十三階段を昇る直前の気持ちと相違ないのです。
 しかし男子の一部にとっては、この肉マン大会は好評でした。彼らが肉マンを頬張る時、瞳は授業中には見せたことのないほどにきらきらと輝きだすのです。失礼ですが、ご自宅で満足な食事を摂らせていただけないのでしょう。
 一方、女子には不評でした。私たちはもうすでに美容のことを気にかける年齢に達していたのですから、胃を肉マンで満たすなど、暴挙以外のなにものでもなかったのです。しかし、男子は肉マンを食べた数の少ない女子を「上品ぶってる」と虐待しました。私はただそれだけが怖くて、恐ろしくて、毎日二ヶは押し込みました。なるべく味覚しないようあまり噛まないで飲み下そうとするものですから、肉マンの分厚い、ふかふかの生地が咽喉に詰まります。それを口から吐き出すわけにもいかず、嚥下しようにも叶わず、いつしか、われ知らずうっすらと瞳に涙が浮かんできます。わたしはその涙をこぼすまいと、顔をあげました。すると、教室の蛍光灯の白光が、ぼんやり滲んで見えるのです。
 ところで、私は椎茸が苦手でした。肉マンに混入しているあの黒紫は細かくカットされているから、と努力してまいったわけですが、しかしある日とうとう、大会終了後に気分が悪くなってトイレで吐いてしまいました。私がその旨を担任教師に訴えると、先生はほほ笑んでこう仰るのです。「肉マン大会は今日で終わりです。明日からはピザマン大会なのですよ」と。私はこみあげる喜びを隠せず、思わず腰元で小さくガッツポーズを決めておりました。



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