第32期 #12

白き魔物

 幼い兄弟たちは、もうずいぶん長いあいだ歩きつづけておりました。今日の朝のこと、折りからの吹雪の中を彼らは両親と逸れてしまったのです。世界のすべてを白く覆い尽くして荒れ狂う雪と風の乱舞が、いつ果てるとも知らず続き、冬の短い日はすでに暮れようとしていました。

 兄弟たちは、昨夜からなにも口にしていなかったのです。最初、激しい空腹が幼い彼らを苦しめました。しかし今はもう、それすらも感じることがありません。すでに兄弟らの意識は夢のように遠いところを漂っているのです。それでもなお彼らは幽鬼のようにひたすら前へ前へと歩き続けるのでした。おそらくそうして彼らを前へ進ませているのは、互いの生を願う強い気持ちのみだったでしょう。

 しかし、ついに力尽きた弟の方が、深い雪の中に倒れこんだまま動かなくなったのです。やがて兄もまた、弟をかばうように静かに自分の身体を横たえました。
 もはやこれまでか……
 幼い兄弟たちのイノチは、冷厳な純白の世界にひっそりと飲み込まれたかに思われました。
 そのときです。微かに開いた兄の眼が、白一色の視界の中に動く黒い影を捉えたのです。一瞬幻かと思えたそれでしたが、吹き狂う吹雪の合間に見え隠れする影は次第にはっきりした形を現してきました。それは、冬の獲物を狙うため重装備に身を固めた猟師の姿でした。

「弟よ、我らは助かりし」
 弟はその声を聞き、最後の力を振り絞って立ちあがります。そうして兄弟は、よろめきながら一歩一歩猟師に近づいていくのでした。
 十分に猟師に近づいた兄は、その背中をめがけ、強靭な腕を一振りしました。それだけでよかったのです。猟師は声をあげることもありませんでした。

 ほどなくして腹も朽ち、元気を取り戻した兄弟たちは、大地を揺るがす力いっぱいの咆哮を上げました。するとそれに答えて、山の向こうから微かな咆哮が聞こえてきます。母親の声でした。
 兄弟たちは歓喜の声を上げると、降り積もった雪を蹴散らし、ものすごい勢いで駆け出しました。母の声に、そして自らの生に向かって。ついに彼らは恐るべき死を乗り越えるに至ったのです。



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