第31期 #8

アイドル

冷蔵庫の中に、チャーハン用の細切れハム詰め合わせと卵が一つあった。こんなハラペコの夜には醤油と目一杯の唐辛子でしょっぱい焼き飯を食べるに限る。それを口いっぱいに頬張り、ビールで流して喉で味わうのだ。歯でもなく舌でもなく喉。

焼き飯の山にスプーンをつっこみ、キンキンに冷えたビールと一緒にいつもの定位置に持っていった。
右手の本棚を整え、左手にあるリモコンでテレビをつける。
テレビには司会のお笑い芸人と観た事の無い銀髪の男が居並び、その後ろには水着姿の女の子たちがズラリと並ぶ。山の上に雪化粧のごとくマヨネーズをたっぷりのせてやり、よりビールが旨くなるよう山をスプーンで更地にしてやる。

大学を卒業してもうすぐ1年。何もしていないし、何にもしようとしていない。本当はやりたい事がある。でも、やろうとしていない。今の現状に満足はしていないし、全くやりたい事じゃない。むしろ無駄だし嫌な事。でも1年もそれを受け入れてしまった為、今では何にも感じない。

無気力ではない。
ただ馴れてしまっているだけ。

テレビにはアイドルが出ている。肉感的で笑う度に揺れる大胸筋上部に目が離せない。ゲストと楽しくおしゃべりする芸人と銀髪の後ろで彼女たちは何を思うのだろう。水着になりたいのだろうか?何がしたいのだろう。

わからない

でも、何かはしている。繋がる何かをしている。歌手になりたいのか女優なのかパンスト会社経営なのかお嫁さんなのか、そんなこと僕には計り知る事なんぞできるわけが無い。しかし、それがその到達点に向っていると信じ、動いているのはわかる。前か後ろかはわからないけど。

少し酔ったか、ビールも1リットルを超えた。

ふと本棚に目をやると「この1年間だけで充実したラインナップになったな、お前
」ちょっとそんな風に思った。今の自分は必ず過去になり、今の自分も未来の自分の過去である。少しでも未来の自分からのお下がりが良いものになるように、未来に持っていける『知識』だけは蓄えようと考えての充実っぷりである。

自分もまた未来に繋がるかわからないものをしているなと、笑ってしまった。決して水着で縄跳びしているアイドルを観て、にやけているのではない。

未来の自分からのお下がりがクタクタのTシャツじゃなく、最低限ポールスミスであるように、机の上でケント紙にそのアイドルよりも魅力的なキャラクターを描いた。



Copyright © 2005 水島陸 / 編集: 短編