第31期 #22

銀河鉄道

 客車には既にちらほらと乗客がいましたが 窓際の席はまだ空いていました。僕は、出入り口から一番近い四人掛けの窓際席に着きました。前の席は家族連れのようです。子供の声が絶え間なく聞こえて、とても微笑ましい。
 僕は窓越しに流れる景色をながめつつ、かたわらの紙袋をひざの上に乗せました。紙袋の中には、たくさんの折鶴とたくさんの折り紙が入っています。窓のすぐ下 畳まれたテーブルを引き出して、僕はさっそく折り紙で鶴を作り始めました。
「こんにちは」
 ようやく二羽の鶴が出来た時、声が聞こえて僕は顔を上げました。黒い帽子を被った老齢の紳士が一人、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ています。僕はあわてて会釈をしました。
「向かいに座ってもよろしいですかな」
「ええ、どうぞ」
 そう言いつつテーブルに置いた折り紙や折鶴を片付けようとすると、紳士は自分の荷物と帽子を上の荷台に上げながら、「かまいませんよ」と言いました。紳士が向かいの席に腰を下ろした時、向こうの方から女の子の笑い声がきゃっと響きました。紳士がちらりと後ろを見て微笑んだので、僕は鶴を折る手を止めて話しかけました。
「子供は可愛いですね」
「ええ。特に女の子は……ところで、その折鶴は」
「や、お恥ずかしい。ちょっとした用がありまして……」
「なるほど。よろしければ、私にも一枚お貸し願えませんか」
 紳士がしわの刻まれた手を差し出したので、僕はその手にいっとう上等な千代紙を渡しました。すると、紳士は指先を器用に使って あっという間に小さな五連の折鶴を作ってみせました。すごい!と思わず目を見張る僕に、紳士は微笑んで言いました。
「これなら千羽鶴もすぐに出来上がりますよ」
「あ、はあ、何故それを……」
「大変真剣に折っていらっしゃるので、そうなのではないかと」
「ええ、実は僕の妻が入院しておりまして、そのために……それにしてもこれはすごい。妻が喜びそうだ。彼女は折り紙が好きなんです。なんでも幼い頃に亡くなった父親が」
「折り紙を教えてくれたのでしょう?」
 気が付けば紳士は既に席を立って荷台から荷物を下ろし、帽子を被っていました。
「美也子をよろしくお願いします」
 一体何故 妻の名前を知っているのか聞けないまま、紳士は微笑んで客車を出て行ってしまって。
 僕は、後に残った美しい五連の折鶴をためつすがめつしてみましたが、どうしても 同じ物を作ることが出来ませんでした。


Copyright © 2005 神藤ナオ / 編集: 短編