第31期 #16

チのクダ

辺りは上も下も無く一面灰色で、ざぁざぁ降る冷たい晩秋の雨に似ていた。
何処へ行っても誰も見つからず、ここには彼しか居ないのだろうと容易に想像がつく。

ひどく寒くて寂しい所の筈なのだけれど、ぶるぶる震えるほど身体には凍みなかったし、哀れな黒っぽい彼に対して庇護すべき…広い気持ち…が、静かにとうとうと湧いてきたから、安心はしないまでも、怯える事もなかった。
そして、ゆっくりとぐるぐる回って近づいてみる。

近づけば、地の底からじくじくと、とめどもなくいやらしく滲み出る障気に似た唸り声の主は、やはり、黒っぽい彼のものだった。
「うおおおーん、うおおおーん…」
鎖に繋がれたままの黒っぽい彼は、苦痛を訴え続けている。
それは、空気の振動で鼓膜に届く様なものなではなく、寸分の狂いも無い同じ波長と、灰色の有機発電機とを分かち持つ存在同士にしか伝わらない。
「うおおおーん、うおおおーん…」
百万べんも繰り返したのだろうか。始まりも終わりも無い時空間に、嗚咽が果てしなく溶けていく。

ざぁざぁの中、黒っぽい彼を、ただただ見つめ続けている。

だんだら色の激しい怒りと、酸の強い悲しさで、どろどろに溶けてしまう筈なのだけれど、蒸発するほどではなかったし、湖面に波紋を残さずさらさら舞う風の様に、静かな哀れみだけになった。

「うおおおーん、うおおおーん…」
ざぁざぁに赤色を感じた頃、黒っぽい彼が居た筈の場所をぐるぐる回りながら俯瞰する…

せき止められていた血流が一気にまわってきたせいで、頭の中がじんじんざぁざぁした。



Copyright © 2005 たわこ / 編集: 短編