第30期 #6

麦畑

 出張でここに来て2年になるけれど、UFOを見たのは初めてだなあ。
 きれいな月が輝く真夜中。舗装されていないあぜ道を歩いて帰宅しようとしていた僕は、麦畑の真ん中で光っている銀色の円盤と、麦畑の真ん中に立って いたく感動しているらしき宇宙人を見かけました。
 これはきっと、ミステリィ・サァクルを作ろうとしているのに間違いない。あわてて宇宙人に駆け寄ると、宇宙人は僕に気付いて細面の顔をユックリ 上げました。
「やあ、こんばんは」
 たわわに実った麦の穂に頬をすり寄せながら、彼は微笑みました。つられて微笑みながら、僕は彼に尋ねました。
「こんばんは いい月夜だね。何をしているんだい」
「この星にやって来た記念に、麦畑にミステリィ・サァクルを残したいと思って」
「それはいけない。ミステリィ・サァクルを残されたら、麦が収穫できなくなってしまうよ」
 僕が首を振りながらそう言いますと、宇宙人はふむと考えた様子でしばしの沈黙。
「……風に揺れる麦穂にとても感動したからミステリィ・サァクルを残そうと思ったのだけれど、収穫できないのは確かに厄介だね。しょうがないからこの土地に、特に意味のない金属でも埋めていこうかな」
「や、それもいけない。不法投棄になってしまう」
「そうか。確かにそれもいけない。なら君の頭にミステリィ・サァクルを」
「僕の頭は麦畑じゃないのだけど」
 冗談だよ、と微笑みながら、彼は麦穂に薄い口を近づけました。円盤のキラキラした光と月の柔らかい光が合わさって、麦穂は黄金に光っています。彼はそれをしげしげとながめながら、随分と思案した様子で、かつ非常に残念そうにつぶやきました。
「何の記念もなしじゃあ心残りだから、この麦穂を一房 失敬していこうかな」
「そうだね。それならいいんじゃないかな」
「そうか。じゃあ戴いていこう」
 細い三本指が麦穂を大事そうに捕まえ、プツリと削ぎました。それとほぼ同時に、銀色の円盤がより一層強く光るのを見て、彼は麦穂を顔に寄せながら、僕に向かって また来るよ と微笑みました。
 円盤は彼を吸い込んだかと思うと、音もなくフワリと浮遊して、あっという間に真夜中の空へ消えてゆきます。ざわりと穂が放射線状に動いたのは一瞬のことで、後は月影が静かに麦畑を撫でるだけでした。
 ……彼の星があるのは、月のある方向なんだなあ。僕は少しだけ故郷が恋しくなって、自分の星がある方向を見つめました。



Copyright © 2005 神藤ナオ / 編集: 短編