第30期 #21

マスター・オブ・カウンター

「そのいやらしい手をどけろ!」
 日暮れの酒場に緊張が走り、うつむくミス・クレアが顔をあげた。彼女はあご髭の男の客に無理やり抱きすくめられ、女の力では逃げることもできず、されるがままだった。
 あご髭の男は声の主を砂漠で蛇を見るような目つきで眺めた。ギョっとはするが、珍しいものでもない。声の主はまだ若い色白の男だった。頬を赤くしている様はまるで少女の様で、自慢の髭がちりちりと疼き、無意識に髭に手をやった。それを見た若い男の頬はさらに赤くなった。
「『いやらしい手』とは、俺のこの手かい?」
「きゃ!」
 ミス・クレアは突然に胸を鷲づかみされ声をあげた。
 若い男は銃を取り出した。
「なんと野蛮な奴だ! 今すぐ表へ出ろ!」
「ほほう、青二才が俺とやろうというのかい。締まりのないの商売女を相手にするよりも面白かろう」
「言葉を慎みたまえ!」
 若い男は目を真っ赤にして叫んだ。あご髭の男はにやにや笑った。
「受けて立ってやろう」
 あご髭男は腰から銃を取り出しくるくる回した。ミス・クレアはその隙に逃げ出した。若い男は、クレア嬢が男から放れたことを確認し、小さく頷いた。
「おいおい、待ってくれ!」
 緊張した空気の中に声が響いた。店の主人がたまらなくなり声をあげたのだ。
「店の前はやめてくれ! 今年に入ってからもう三回も流れ者同士の決闘があり、三回のうち一軒は相撃だ。私はもう、今年に入ってから四人も葬式をだしているんだぞ。あんまり頻繁なので町の保安官から麻薬密売所の疑いもかけられてるんだ。とにかくうちの前は困る。他所に行ってやってくれ!!」
「おいおい、俺に言うなよ」
「ご主人、申し訳ないが、軒先をお借りします」
「じゃあお前らは葬式代を持ってるのか? こっちの若いのはさっきから水ばかり飲んでるじゃないか! そっちの髭が腰から出したその古い銃はなんなんだ! お前らは殺られた後に自分で歩いて墓場まで行って穴を掘って土をかけることができるのか?」
 二人は店の主人に銃を向けた。
 「おやじ、調子に乗るなよ?」

 一瞬の出来事だった。
 二人の放った一撃目は、主人が改造済みの跳ね上がるカウンターの盾に敗れた。銃声は断末魔のように響き、主人を見失った二人が次に見たものは二挺拳銃を構えた店の主人の姿であり、それは二人の見た最後の景色だった。
「マスター」
 ミス・クレアが駆け寄った。紫煙を吹き消し主人は嘆いた。
「お二人様、追加だよ」



Copyright © 2005 斉藤琴 / 編集: 短編