第3期 #14
「あははは」
画面が男のアップに変わり、その白い光が電気を落とした部屋にぱっと散ると、奈々は笑った。
何が面白いのか、僕には解らない。
奈々はこの頃良く笑う。僕が面白いものでも笑うし、僕がくだらないと思ったものでも笑うし、おはよう、そう言われても、おはよう、良い天気ね、そう笑う。
「うふふふ」
奈々は胸に抱えていた袋からポテトチップスをその細い指でつまみ、口へと運んだ。
部屋には映画の音と、奈々の笑い声と、ポテトチップスを噛み砕く音が混ざり合っていた。僕はもう映画のストーリーを追うのは諦めていた。奈々と画面を交互に眺めていた。奈々は画面に夢中だ。そして笑う。ポテトチップスを咀嚼する。
奈々と初めて会った頃、奈々は映画をこんな風に観なかった。教科書でも見るように真剣で、観た後は何かメモを取ったりしていた。何かを食べながら観るなんてしなかった。笑うことなんて滅多に無かった。
「幸せ、って何だろうね。あたし解らないや」
あの頃、奈々はそんな事ばかり言っていた。
今の奈々はそんな事は言わない。そしてポテトチップスを食べ、笑う。
ドラッグだろうか。だがそれらしい様子は見られない。
「ねえ」
奈々が突然話しかけてきた。
「何?」
「ドラッグでも始めたかな、とか思ってるでしょ」
部屋が暗くなった。映画が夜のシーンに入ったのだ。美しい空だった。作り物特有の美しさだった。
「うふふふふ」
奈々は笑った。そして笑いながらポテトチップスを、大きな音で咀嚼する。
「そんな音で食べてて、映画、解るのかい?」
「解るわ。笑いながら、ポテトチップス食べながら観ると昔の見方では解らなかった事が凄く解るわ」
はっきりした声だった。中毒患者には出せない声だった。僕は安心した。そして同時に、不安になった。
「良く聞こえるの。こうやって声だとか音楽だとか余計な音を聞こえないようにして観ると、良く聞こえるの」
「何がだい」
「皆が死にたい死にたい、って言ってるのが良く聞こえるの。皆あたしと同じなのね。だから嬉しくて」
部屋が明るくなった。何のシーンかは良く解らなかった。奈々は笑った。
「映画はこう観るのが正しいのね。あたしずっと知らなかったわ」
そう言って奈々は、ポテトチップスの粉にまみれた指を舐めた。
奈々はその後作詞家になり、人気を得た。
幸せ。彼女の作品にはその単語が、アンディ・ウォーホルの絵みたいに沢山張り付けられている。