第3期 #10
午前五時二分。
誤差二分ならまずまずだ。
狙撃手たるもの目覚しなどに頼っていたのでは完璧な仕事はできない。
俺はすばやく跳ね起きスーツに着替えた。銃を手にする時は、上着とネクタイ、貴金属はつけない。
窓を開け放すと冷えた外気がなだれ込む。
ライフルを取りだし、バッテリーをストックに捩じ込むと、マガジンキャッチを外し弾倉装てんした。
事前に風による着弾位置のずれを修正しておかねばならない。
俺は立膝の姿勢で窓枠に銃身をのせ、グリップを引きストックを肩に押しあてた。リア、フロントサイト、ターゲットを重ねトリガーを引く。二階から打ち下ろした弾道は伸び、目標から十五センチほど左奥のアスファルトを叩いた。
けはいはするがやつらは姿を現さない。
バサバサッ。
突然頭上で羽音がし向こう側の歩道に着地した。うちの屋根にいたのだ。
暫くはキョロキョロしていたが、青いポリ袋に近づくとつつきはじめた。見る間に穴があき、水入り風船のように、骨付きの肉隗が大量に転がり出て、それを合図に仲間が次々に舞い降りる。十数羽はいるだろうか。ほどなく宴がはじまった。
太いくちばしでふり回すと残飯が飛び散り、すばやく雀がくわえ去る。三羽が厚手の袋を小突き回している。その中に片羽が短いのがいた。あの日俺の頭をかすめて飛び去ったやつだ。まちがいない。
はやる気持ちを鎮め、やつの動きが止まるのを待った。
執拗な攻撃に力尽きた袋は、小さな穴からくちばしを捩じ込まれ中身を引きずり出された。連中は嵩にかかって穴を広げる。飛び出した肉の中で一番大きな塊にターゲットは喰らいついた。
いまだ!
やつは今食事に夢中だ。
俺は照準を修正し、息を止めトリガーを引いた。
弾はやつの肥った腹にめり込み、突然の激痛に動揺し、闇雲に羽をばたつかせている。仲間は驚き四散した。
ざまあみろ。天誅が加えられたのだ。
やつが飛び去るのを確認すると、俺は銃をかたづけ階段を降りた。ちょうど妻がトイレに起きてきたところだった。
「どてっ腹にBB弾を叩き込んでやったよ」
妻はぼんやりと俺の顔を見ていたが、やがて意味を理解し底意地の悪い笑みを浮かべた。
「秘密をばらされた報復ね。で、新しいのを買うの?」
そう言うと俺のはげ頭をしげしげと覗きこんだ。
「……」
怒りで言葉を失った。
だが許そう。妻は知らないのだ。狙撃手は決して私怨のためには仕事をしないことを。